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ゲームでメンタルヘルス改善・人生満足度の向上、国内大規模調査-日大ほか

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2024年09月03日 AM09:10

ビデオゲームは本当に悪影響?既存研究には手法的限界

浜松医科大学は8月27日、コロナ禍の半導体不足を背景に発生したゲーム機の抽選販売を自然実験として活用し、2020~2022年にオンラインサーベイで収集された日本在住の10~69歳までの9万7,602件の回答データを分析し、「Nintendo Switch」や「(PS5)」といったゲーム機で遊ぶことが、メンタルヘルスを改善し、人生満足度を向上させたことがわかったと発表した。この研究は、日本大学経済科学研究所の江上弘幸助教、浜松医科大子どものこころの発達研究センターのモハマド・シャフィウル・ラハマン特任講師(兼大阪大学大学院連合小児発達学研究科講師)、政策研究大学院大学博士課程後期の山本剛資氏、江上千紘氏、高崎経済大学地域政策学部の若林隆久准教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Human Behaviour」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

デジタル機器やインターネットが日常生活に欠かせない今日、デジタルテクノロジーが健康に及ぼす影響への懸念が高まっている。特に、コロナ禍を契機にユーザー数が30億人に達したとされるビデオゲームの悪影響については、激しい議論が続いている。ゲームが心理的健康に与える影響について、多くの研究が行われているものの、その結果はまちまちだ。その原因には、いくつかの手法的な限界がある。第一に、ビデオゲームを長時間プレイする人とプレイしない人のアンケート回答を比較する観察研究の多くは、ネガティブな心理的影響を強調してきた。しかし、このような単純比較(相関分析)は、ビデオゲーム以外の要因(環境・個人の性質の違い等)による影響とゲームそのものの効果を区別できず、因果関係を示すことができなかった。第二に、大学の実験室で被験者に短時間ゲームをプレイさせ、その前後の変化を測定する研究の多くは、ゲームがポジティブな心理的影響を与えることを示唆してきた。しかし、実験室で日常的な生活習慣を再現することは難しく、現実世界で同様の結果を得られるかどうかには疑問が残る。

コロナ禍での「自然実験」的状況の発生に伴い、国内で大規模調査

研究グループは、既存研究の手法的限界を克服するため、自然実験と呼ばれる手法を活用し、ビデオゲームがウェルビーイングに与える影響を明らかにすることを目指した。2020年頃、コロナ禍のサプライチェーンの混乱と半導体不足により、Nintendo SwitchやPS5は、需要に供給が追いつかなくなった。そのため、小売店はウェブサイトや店頭で購入権の抽選を行った。これにより、ゲーム機を購入できるかどうかがランダムに決まるという自然実験が実現した。研究グループは、このまれな自然実験的状況に応じて、2020~2022年にかけて大規模なオンラインアンケートを繰り返し実施した。その結果、日本に住む10~69歳の9万7,602件の回答データを収集した(うち8,192人が抽選に参加)。

ゲームプレイがウェルビーイング(、人生満足度)に与える影響の平均的な大きさを推定するために、研究グループは、自然実験データに対し、複数の計量経済学的手法(回帰分析、傾向スコアマッチング、操作変数法)を適用した。さらに、機械学習アルゴリズム(Causal forest)を使用して、年齢・性別・家族構成などのグループによってゲームの効果がどのように異なるのかを調べた。

PS5 は「成人・男性・独身」に、Switchは「子ども」にポジティブな恩恵

不安抑うつ評価尺度(K6)を用いてメンタルヘルスを評価したところ、家にNintendo Switchがあるとメンタルヘルスは0.60SD(Standard Deviation;標準偏差)改善し、PS5があると0.12SD改善したことがわかった。また、調査期間中にNintendo Switchをプレイするとメンタルヘルスが0.81SD改善し、PS5をプレイすることで0.20SD改善した。また、人生満足度(SWLS)については、家にPS5があることで人生満足度が0.23SD向上し、PS5で遊ぶことで人生満足度が0.41SD向上した。

一方、ゲームのプレイ時間が長くなる(特に3時間以上)につれ、ポジティブな効果は薄れた。ただし、負の影響は観察されず、長時間のゲームのウェルビーイングへの悪影響は限定的であることが示唆された。

機械学習による効果の異質性の分析を行ったところ、PS5のポジティブな心理的影響は、男性・成人・独身への恩恵が大きかった。そのようなパターンはNintendo Switchでは観測されず、むしろ子どもに大きな恩恵をもたらした。「ゲームは特に子どもに悪影響がある」という固定観念は、サポートされなかった。なお、今回の結果は、コロナ禍でのデータ収集が研究結果に影響する可能性があることに留意が必要だ。

幅広い層がゲームからポジティブな心理的影響を得ているという科学的根拠に

今回研究グループは、現実環境でのゲームとウェルビーイングの因果関係を、従来の研究よりも信頼性が高い手法で示した。これまでのデジタルメディア研究は、現実環境のデータ(観察データ)を用いるものの相関関係を示すのみで因果関係を示していない(エビデンスの質が低い)ものと、因果関係を分析しているもののデータを実験室で得ているものが中心だった。しかし、この研究は自然環境のデータを用いることで、より現実に即した因果関係を示すことに成功した。今後の研究に求められるエビデンスの水準が高まり、デジタルメディア・ゲームに関する質の高いエビデンスの蓄積がすすむことと見込まれる。その結果、ゲームに関する先入観による思い込みや誤解が解かれ、より適切な理解が広まることが期待される。

また、幅広い層がゲームからポジティブな心理的影響を得ているという科学的な根拠となった。ビデオゲームの利用とその健康への影響について、十分な科学的な根拠のないまま「ゲームは健康に悪い」と否定的に論じられることがある。あるいは、「ゲームは一時的な刺激としての多幸感しかもたらさない」とされ、長期的な幸福には貢献しないとされることもある。しかし、研究結果は、ゲームプレイが、幅広い層でメンタルヘルスの改善と人生満足度の向上に貢献していることを示し、そうしたステレオタイプなイメージに疑問を投げかけている。今回アンケートで調査した人生満足度は、長期的な幸福、達成感、人生の意義などと結び付けられる指標だ。研究は、ゲームのプレイを一律に制限するような政策について、日常的にビデオゲームを楽しむ人々が得ている恩恵の存在を見逃しており、社会生活と趣味を両立できている人々のウェルビーイングまで損なう可能性があることを示唆している。

なぜ影響するゲーム機が成人・子どもで異なるのか、背景の理解は重要

さらに、「ゲームは特に子どもの健康に悪い」という固定観念に疑問を投げかけた。この固定観念は、一般的なイメージのみならず、公衆衛生や心理学等の研究者にさえ、広く受け入れられている。研究は、ゲームによって、子どものメンタルヘルスに相対的に恩恵が小さいものもあれば、子どものほうがメンタルヘルスへの恩恵が大きいものもあることを示した。このことは、従来の理解に比べてゲームごとの違いが大きいことを強調し、ゲームに関する画一的な印象を見直す必要を示唆している。どのような背景でこうした違いが生まれるのかを理解することが、学問的にも実用的にも重要であることを示している。

多様なデジタルメディアの影響をひとくくりに扱うことが難しいことも示した。研究では2つのメジャーなゲーム機を分析対象としたが、現実では、スマートフォンなどさまざまなデバイスが、ゲームやSNSや動画などの用途で使われている。研究結果は、さまざまなデジタルメディアやスクリーンタイムが多様な影響をもたらすことをふまえ、丹念な研究・分析に基づき慎重に設計された政策やサービスの必要性を強調している。今回、たった2つのゲーム機の影響を比べただけでも、ゲーム側の側面(デバイス・ソフトウェアの違い)およびユーザー側の属性(年齢、性別、家族構成など)によって、影響が大きく異なることがわかった。このことは、デジタルメディアごとの影響の違いを分析することの重要性を強調している。また、デジタルメディアがヒトに影響を与えるメカニズムがほとんど未解明であることを浮き彫りにしている。

将来はウェルビーイング向上のツールとしてのゲーム活用にも期待

今後の研究では、ゲームがどのようにしてメンタルヘルスを改善したり、人生満足度を高めたりしているのか、その影響の背後にあるメカニズムの解明が進められる。具体的には、どのような種類のゲームが効果的なのか、他のゲームプラットフォームやコロナが流行していない通常時などの異なる文脈での効果の違い、どのような状況でのプレイが効果的なのか(例:家族や友人とのプレイ/オンライン・オフラインなど)といった点が含まれる。メカニズムの解明が進めば、個人の状況に合わせてウェルビーイング向上に貢献できるサービスの開発を探求することができるようになる。どのようなタイプの人が、どのようなビデオゲームから大きな精神的恩恵を受けることができるのかを特定することで、個人のニーズに合わせたゲームのレコメンデーションAI等の開発につながることが期待できる。ゲームのオンラインストアにおけるレコメンデーションに活かされることが考えられる。「将来的には、各ユーザーの性格、好み、家庭環境等に基づいて、ウェルビーイングを高めるためのツールとして、あるいは治療目的としても、商用ビデオゲームを活用することができるようになる可能性がある」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

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