さまざまな倫理的問題に対する有効な対処法は?
大阪大学は8月23日、医療ケアチームに倫理的支援を行うための仕組み(臨床倫理コンサルテーション)について、その有効性を高め、医療現場で生じる倫理問題により積極的にアプローチするための新たな提案を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の古結敦士助教(医の倫理と公共政策学)、恋水諄源招へい教員(京都第二赤十字病院形成外科部長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Asian Bioethics Review」に掲載されている。
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近年、医学の進歩によって医療の選択肢が増え、臨床上の意思決定が複雑化するとともに、さまざまな倫理的な問題が認識されるようになってきている。このような臨床倫理の問題に対処する一つの方法として、臨床倫理コンサルテーションが注目されている。これは、患者、家族、代理人、医療従事者、その他の利害関係者が、医療で生じる価値観の問題について懸念や葛藤を抱えたとき、その解決を支援する個人およびグループによるさまざまなサービスのことを指す。
日本では2010年代以降、臨床倫理コンサルテーションを行うための体制がさまざまな病院で構築されつつある。しかし、世界的にみても、相談事例が少ないなど、その有効性が課題となっている。その理由として、病院スタッフの臨床倫理コンサルテーションに対する認知度が低い、どのような問題について相談すべきかわからない、重要だが曖昧な問題について、自分の懸念を明確に伝えることが難しい、といったことが挙げられている。
倫理コンサルテーションチームから医療者に働きかける能動的アプローチを検討
研究グループは今回、この課題解決に向けて、2つの病院においてそれぞれ異なる ”Proactive ethics consultation”の実践を行った。これは、医療における倫理的課題に対処したり、医療スタッフが経験する道徳的苦痛を軽減したりするために、倫理コンサルテーションチームからの働きかけによって提供される、医療スタッフとの対話を中心とする倫理支援サービスのことを意味する。
実践をもとに、臨床倫理コンサルテーションの具体的戦略を明確にし、潜在的な利点、意義、効果的に実施するための留意点などについて検討を行った。その結果、臨床倫理コンサルテーションを効果的に実施するためには、2つの手法が有効であることを明らかにした。
月1で各部署の巡回、倫理問題が生じやすい部門の患者カルテのレビューを実践
1つ目は「倫理ラウンド」である。これは、コンサルテーションチームが月に1度病院の各部署を巡回して、医療スタッフに「何か困っていることはないですか、モヤモヤしていることはないですか」と尋ね、医療スタッフとの対話の中から倫理的な問題を同定したり、その対応を検討したりするものだ。コンサルテーションチームは、その場で解決策を提示することもあれば、後日、関係者を交えたミーティングの開催を提案し、そこで支援と助言を行うこともある。
2つ目は「カルテレビュー」。これは、倫理問題が生じやすい部門の患者カルテをコンサルテーションチームが確認して、対応が必要な事例について医療ケアチームに働きかけるというものだ。コンサルテーションチームは、患者とその家族が十分な説明を受けたかどうかを評価し、意思決定過程における問題を特定し、医療チームが独自に解決できない複雑な倫理的ジレンマがあるかどうかを判断する。必要に応じて、コンサルテーションチームは医療スタッフに働きかけ、今後の進め方について話し合う多職種会議の開催を支援する。
心理的安全性の確保・答えを追求しすぎないことなど、実践における重要な点も明らかに
この2つの手法に共通しているのは、相談や働きかけの「起点を移す」というアプローチである。臨床倫理コンサルテーションは従来、医療スタッフからのコンサルテーションチームへの働きかけを起点にする、受動的なアプローチだった。今回、研究チームは発想を転換し、コンサルテーションチームから医療スタッフへの働きかけを行った。この「起点を移す」発想が、臨床倫理コンサルテーションを効果的なものにするということを明らかにした。
これにより、医療チームが認識していなかったかもしれない倫理的問題を発見することができるようになる。また、うまく活用されることの少なかった倫理支援サービスについて、存在と利点の認識を高めることにもつながる。また、「倫理ラウンド」では、特定の症例とは直接関係のない倫理的な問題にも取り組むことができること、「カルテレビュー」では、医療スタッフの倫理的感受性によらず網羅的にアプローチできることなどがそれぞれの手法の独自の利点として挙げられた。
さらに、研究グループはProactive ethics consultationを効果的に行うためには、心理的安全性の確保、「答え」を追求しすぎないこと、コンサルテーションチームの立ち位置を意識すること、リソースの確保とスキルの育成という4つの点が重要であると提言した。
今回提案した手法により、医療現場における潜在的な倫理的問題に積極的にアプローチすることができるようになる。これは、臨床倫理の「文化」を培うことにつながり、最終的に臨床倫理コンサルテーションを「よく機能する」ものにすることができると期待される。「研究成果はまた、倫理コンサルテーションに携わる人々に実践的な指針となり、このテーマに関する学術的議論にも貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・大阪大学 ResOU