飛んでくるボールを打ち返す動作、各運動野領域における神経活動の変化は?
東京大学は8月26日、小型霊長類コモンマーモセットの大脳皮質運動野の神経活動を長期的に高い空間解像度でイメージングする方法を確立することで、新規の感覚運動学習によって高次の運動野である背側運動前野で大きな運動情報表現の変化が生じていること、その一方で低次の運動野である一次運動野での表現は比較的安定に保たれていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科細胞分子生理学分野の蝦名鉄平講師、松崎政紀教授(理化学研究所脳神経科学研究センター脳機能動態学連携研究チーム チームリーダー、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授兼担)、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太准教授、東京大学大学院医学系研究科統合生理学分野の大木研一教授、理化学研究所脳神経科学研究センター高次脳機能分子解析チームの山森哲雄チームリーダー(現 触知覚生理学研究チーム客員主管研究員)、理化学研究所脳神経科学研究センター触知覚生理学研究チームの村山正宜チームリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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例えば、飛んでくるボールをバットで打ち返す動作には、ボールの軌道や自身の姿勢といった視覚や体性感覚などの情報をもとに、バットをどのように動かすべきかを決めて、正確なタイミングで適切に体を動作させる必要がある。このようにある感覚入力からその感覚に特異的な運動を行う学習(感覚運動学習)中には大脳皮質の運動野で学習に関連した神経活動の変化が起きることが知られている。しかし、学習による個々の運動野領域に特徴的な神経活動の変化や同一神経細胞の活動の変化についてはこれまで明らかになっていなかった。
マーモセット新規感覚運動連合の学習中、PM・M1神経活動をカルシウムイメージング計測
そこで研究グループは、小型霊長類コモンマーモセットに新規の視覚入力に対して特定の運動を実行させる課題を学習させ、この感覚運動学習の最中に大脳皮質運動野を対象として高い空間解像度で神経活動を計測できるカルシウムイメージングを適用する方法を開発した。
はじめに、マーモセットに、左前肢を用いてポールを動かすと、ポールと連動して画面上のカーソルが動く装置で、ポールを引いてカーソルを下側に提示した標的へ移動させる到達運動課題を学習させた。この課題を習得した後に、下側だけでなく上側にも標的を提示するようにして、上側の標的(上標的)が提示された場合にはポールを押す必要があることを学習させる。この新しい感覚運動連合(上標的-ポール押し)の学習期間中、高次の運動野である背側運動前野(PM)と低次の運動野である一次運動野(M1)の神経活動を広域1光子イメージングによって計測し続けた。
学習期間中の神経活動の流れはPMdr→PMdc→M1で安定、PMdcで運動方向選択性変化
画像データを解析した結果、神経活動の流れの向きは学習期間中安定して、PM吻側部(PMdr)→PM尾側部(PMdc)→M1となっていた。次に、神経活動がどのくらいカーソルの動きを表現しているかという運動情報量をデコーディング解析によって計算してこの変化を調べたところ、PMdrではポール押しの運動情報量が減少する一方で、PMdcとM1では学習による運動情報量の変化が見られず、学習期間を通してPMdrよりも高い値を示していた。そこで「引き」と「押し」の運動のどちらをより強く表現しているのか(運動方向選択性)をPMdcとM1で調べたところ、学習期間中にPMdcで大きな運動方向選択性の変化が生じている一方で、M1では選択性が比較的安定に保たれていることがわかった。
PMdcの細胞活動再編成が、新規感覚連合の信号をM1の運動出力へ変換
次に、PMdcやM1の単一神経細胞の神経活動を2光子イメージングによって学習中に計測し続け、同一細胞の運動情報表現の変化についても調べたところ、1光子イメージングで検出された大域的な神経活動の変化と一致した活動変化を個々の単一神経細胞が示すことがわかった。また、PMdcでの運動方向選択性の変化の程度は学習初期の「押し」運動の上手さと関係していた。さらに、理化学研究所で開発された広視野2光子イメージング法をマーモセットに適用できるように改良して、PMdcとM1の神経細胞集団の空間分布と運動方向選択性の関係について調べた。その結果、学習の後期では、同じ運動方向選択性を持った神経細胞が空間的に密集したクラスタ構造はPMdcよりもM1でより強固に形成されていることを見出した。そこで、このクラスタ構造が学習中に形成されるのかを調べたところ、PMdcでは学習初期にはクラスタ構造が強いものの学習中にこれが弱くなること、その一方でM1では学習に関わらず一定の強いクラスタ構造が形成されていることがわかった。
これらの結果から、PMdrで上標的-ポール押しという連合が学習初期に強く起こり、その後、学習が進むにつれて、PMdcにおいてダイナミックな細胞活動再編成が起こることで、PMdrの新規感覚運動連合の信号を安定的な多方向への運動出力を行うM1の活動へ変換できるようになることが、新規の感覚運動学習に重要であることが示唆された。
神経疾患に対する新たな治療法・脳型人工知能の開発にもつながると期待
今回の結果のように、新規の視覚入力に対して特定の運動を実行させる学習中に脳の全ての領域の活動パターンを変化させず、一部の領域のみで活動をダイナミックに変化させることは新しいルールを迅速かつ効率的に学習するために有効だと考えられる。そのため今後のさらなる研究によって霊長類大脳皮質を対象とした感覚運動学習のメカニズム解明が進めば、これらの知見を基にした脳型人工知能の開発が期待される。「今回確立したカルシウムイメージング技術によって、疾患モデルマーモセットを対象とした同様の計測を実施することで、病態脳における神経ネットワーク変容の理解が進み、神経疾患に対する新たな治療方法の開発が期待できる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学 プレスリリース