DKK1-CKAP4シグナル経路活性化の膵がん・肺がんなどの症例は予後不良
大阪大学は8月23日、独自に見出した、がん細胞の増殖を促進するDKK1-CKAP4シグナル経路を阻害するヒト化抗CAKP4抗体を開発することに成功したと発表した。この研究は、同大感染症総合教育研究拠点の菊池章特任教授(常勤)、同大大学院医学系研究科医学科教育センターの佐田遼太助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Science」にオンライン掲載されている。
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Dickkopf1(DKK1)は細胞外分泌タンパク質で、種々のがん細胞の増殖を促進することが知られていたが、その作用機構は不明だった。研究グループは、2016年にDKK1の細胞膜受容体としてCytoskeleton-Associated Protein 4(CKAP4)を同定した。DKK1がCKAP4に結合すると、PI3キナーゼ-AKT経路が活性化され、がん細胞増殖が促進される分子機構を明らかにした。実臨床においても、膵がんと肺がん、食道がん、肝がんにおいて、DKK1-CKAP4シグナル経路が活性化されている症例は予後不良であることを、臨床データを用いた解析で明らかにしてきた。
抗CKAP4抗体を作製、膵がんマウスモデルへの抗腫瘍効果は?
また、これらの難治がんのマウスモデルに対して、マウス抗CKAP4モノクローナル抗体が抗腫瘍効果を有することを示した。今回の研究では、マウス抗CKAP4抗体をヒト化した抗CKAP4抗体を新規に作製して、同抗体の膵がんマウスモデルに対する抗腫瘍効果を検討した。
ヒト化CKAP4抗体Hv1Lt1、ゲムシタビンまたはnabPTX併用で相加的な腫瘍増殖抑制効果
今回、研究グループはヒト化抗CKAP4抗体を開発するために、まずマウス抗CKAP4モノクローナル抗体(3F11-2B10)の塩基配列を決定して、その情報をもとに、定常領域と可変領域のフレームワークをヒト由来のものに置換し、ヒト化CKAP4抗体(Hv1Lt1)を作製した。Hv1Lt1とCKAP4の細胞外領域との結合親和性を、表面プラズモン共鳴法を用いて測定すると、Hv1Lt1とCKAP4の結合親和性は0.76nMであり、3F11-2B10の結合親和性(~10nM)よりも高いことが判明した。Hv1Lt1は、単独で膵がん細胞のスフェア形成能を阻害するとともに、膵がん標準治療薬であるゲムシタビンまたはナノ粒子アルブミン結合パクリタキセル(nab-PTX)と併用することにより相加的な阻害活性を示した。
膵がん細胞を免疫不全マウス皮下に移植(皮下腫瘍モデル)し、Hv1Lt1を腹腔内に投与したところ、対照群と比較して腫瘍形成が30~50%抑制された。さらに、Hv1Lt1とゲムシタビンまたは nabPTXの併用により、皮下腫瘍モデルに対して相加的な腫瘍増殖抑制効果が認められた。非担がんの野生型マウスに、Hv1Lt1を週2回、3か月間腹腔内投与したが、投与期間中にマウスの体重減少や行動異常は認められず、主要臓器の肉眼的・組織学的所見並びに血液検査において異常は認められなかった。
Hv1Lt1投与群、CD8陽性T細胞の腫瘍部への浸潤増強
近年、さまざまながんにおいて腫瘍微小環境(tumor microenvironment:TME)の抗腫瘍免疫が阻害され、結果として腫瘍形成が促進されることが明らかになっている。Hv1Lt1による抗腫瘍免疫に対する影響を検討するために、KPC膵がんモデルマウス(活性型Rasを発現させ、p53をヘテロ欠損させた膵がん誘導マウス)由来の膵がんオルガノイド(KPCオルガノイド)を樹立し、同オルガノイドにCKAP4とDKK1を発現させたオルガノイド(KPC/CKAP4/DKK1オルガノイド)を作製した。KPC/CKAP4/DKK1オルガノイドを野生型マウスの膵同所に移植したところ、ヒト膵がんに類似した組織構造を示す膵腫瘍を形成することが確認された。同マウス膵がんモデルに対して、Hv1Lt1を投与したところ、対照群と比較して膵腫瘍形成が抑制された。
切除腫瘍のRNA-seq解析を行ったところ、階層的クラスタリングと主成分分析により、Hv1Lt1投与群と対照群は明瞭に別集団として分離され、パスウェイ解析ではHv1Lt1投与群で免疫応答に関連するシグナル経路の遺伝子発現の変化が認められた。さらに、Hv1Lt1投与群において腫瘍部へのCD8陽性(細胞傷害性)T細胞の浸潤が増強された。以上の結果より、Hv1Lt1は抗腫瘍免疫を促進することが示唆された。
DKK1-CKAP4シグナル経路が腫瘍微小環境で抗腫瘍免疫応答制御を支持する重要な知見
同研究成果により、新規に開発したヒト化抗CKAP4抗体Hv1Lt1が膵がん前臨床モデルに対する抗腫瘍作用を有することが示された。マウス抗体からヒト化抗体を作製する際に、その薬効が減少したり、消失したりすることがしばしば起こるが、Hv1Lt1はオリジナル抗体であるマウス3F11-2B10よりもCKAP4への結合親和性が高く、同等の薬効を示した。また、Hv1Lt1を既存の膵がん標準治療薬と併用することで相加的な抗腫瘍効果を認めたことから、Hv1Lt1抗体併用化学療法が既存薬の投与量を減量し、有害事象を抑制する等の新たな治療戦略につながる成果と考えられる。さらに、Hv1Lt1投与によりCD8陽性T細胞の腫瘍部への浸潤が増強したことは、DKK1-CKAP4シグナル経路が腫瘍微小環境において抗腫瘍免疫応答を制御していることを支持する重要な知見であり、同シグナル経路の非細胞自律的な分子機構の解明につながる研究成果と考えられる。膵がんは抗腫瘍免疫応答に乏しく、がん免疫療法が奏功しない”immune cold”ながんの代表として知られている。膵がんの新規治療法の開発と臨床応用は喫緊の社会的課題であり、本研究成果がその端緒となることが期待される、と研究グループは述べている。
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・大阪大学 プレスリリース