損傷を受けた神経組織、残存神経経路による運動機能改善メカニズムは?
京都大学は8月20日、マカクザルの脊髄損傷モデルを用いて、リハビリテーションで手指の運動機能が改善していく過程において、脳の運動前野をつなぐ大脳半球間経路が運動機能回復に重要な役割を担うことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の伊佐正教授(兼・京都大学ヒト生物学高等研究拠点主任研究者)、三橋賢大同博士課程学生(研究当時、現:同特定助教)、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。
脊髄損傷や脳卒中等で皮質脊髄路が損傷した場合には運動麻痺を生じ、損傷の程度によっては重度の麻痺を残し寝たきりの原因にもなることから、医学的・社会的問題となっている。一度損傷を受けた神経組織が再生することは難しい一方で、リハビリテーション療法等によって残存した神経経路による代償を促すことである程度の運動機能改善が得られることが明らかとなっている。しかし、そのメカニズムはほとんどわかっていない。メカニズムの解明が将来のリハビリテーション療法の発展にとって重要となっている。
先行研究により、片側の皮質脊髄路が損傷を受けた場合には、損傷を受けていない側の脳の運動前野の活動が上昇することが知られている。ただし、この活動上昇が回復に貢献しているのか阻害しているのかは議論が分かれており、また活動上昇がどの神経経路を介してもたらされているのかも不明のままだった。
サルで特定神経経路を阻害、阻害経路の役割・機能を調べる
今回の研究では、サルの運動前野に左右それぞれ異なるウイルスベクターを注入し、皮質脊髄路の損傷を受けた側の運動前野から反対側(損傷を受けていない側)の運動前野に投射する神経細胞のみを、化学遺伝学的手法を用いて可逆的に阻害した。この手法を用いて、特定の神経経路を阻害する前後で、運動機能や脳活動を比較評価し、阻害した経路の役割・機能を調べることが出来る。さらに、この手法は、薬剤を使用するため、可逆的に神経活動を阻害することが可能であり、健常時・皮質脊髄路損傷時、それぞれでの運動機能を比較することもできる。
健常時は抑制されている運動前野神経活動、脊髄損傷回復期に上昇で運動機能回復に寄与
この手法を用いて、まず健常時にはこの運動前野間の半球間経路を遮断しても運動機能には影響がないことがわかった。しかし、片側の皮質脊髄路を損傷したサルにおいて、回復早期の段階でこの半球間経路を遮断すると回復していた運動機能が再度悪化することが明らかになった。また、皮質脳波活動の記録・解析から、健常時ではこの半球間経路を遮断した場合には投射先(反対側の半球)の運動前野の神経活動が上昇するのに対し、損傷後の回復早期においては、半球間経路の遮断によって投射先の神経活動が低下することが明らかになった。これらの結果は、通常抑制的に働く運動前野間の半球間経路が、損傷後の回復過程においては促進的に働き、普段は運動に関わっていない側の運動前野を活性化することで、運動機能の回復に寄与していることを示している。
今後、脳梗塞など異なる中枢神経部位での損傷で回復経路・メカニズムを調べる
今回の研究で示されたように、中枢神経損傷後には損傷を免れた神経経路が機能を変化させ、障害された機能の回復に関わると考えられる。今回は脊髄損傷モデルでの研究だったが、研究グループは今後、脳梗塞など異なる中枢神経部位での損傷によって回復に関わる経路やメカニズムを調べ、損傷部位による相違点や、共通する回復機構を解明していきたいと考えている。
また、今回は運動機能回復に関わる半球間経路を遮断することでその役割を明らかにしたが、今後は化学遺伝学的手法や、あるいはより低侵襲的な脳刺激法などを用いてこの経路を賦活化させることで、運動機能回復を促進できるかを調べていきたいと考えている。従来のリハビリテーションに加えて標的経路を賦活化するような脳刺激法を組み合わせることで、これまで深刻な後遺症を残してきた重度の中枢神経損傷に対する神経リハビリテーション療法の発展が期待される、と研究グループは述べている。
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・京都大学 プレスリリース