「運動方法を学習する能力」のリハビリ応用は?
筑波大学は8月2日、リハビリテーション病棟に入院中の回復期脳卒中片麻痺患者について、運動の学習能力を調整する能力(メタ学習能力)を計測し、入院中の日常生活活動能力の向上、すなわち運動能力の改善の程度と関係していることを見出したと発表した。この研究は、同大システム情報系の井澤淳准教授、藤田医科大学リハビリテーション医学の大高洋平教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「European journal of physical and rehabilitation medicine」に掲載されている。
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人は、意思決定や学習などの認知機能を内的に監視し、その機能を環境や文脈に応じて適切に調整するメタ認知機能を有している。特に、学習方法を学習する能力である「メタ学習」は、自らの学習能力を客観的に見極め、学習への取り組みをプランニングする機能として、教育学においても重要な研究対象とされている。最近、研究グループは、運動学習に関しても脳がメタ学習能力を有していることを発見し、報告している。
リハビリテーションにおいて、自らの回復を客観的に見極め、学習能力を調整していく能力は、日常生活の自立を目指したリハビリテーションにとっても重要な要素であり、上述の運動学習のメタ学習能力は、運動学習に基づく脳卒中後の運動リハビリテーションに応用できる可能性がある。そこで、運動のメタ学習とリハビリテーションへの介入効果との関係を、実験的に明らかにすることを試みた。
大型のハプティックインターフェイス装置を用い、患者29人がメタ学習実験
研究では、藤田医科大学病院のリハビリテーション病棟に入院している脳卒中片麻痺患者29人(35〜88歳)を対象に、大型のハプティックインターフェイス装置(Robotic Manipulandum)を用いた300運動試行(30分程度)のメタ学習実験を通じた運動学習の加速の程度、ならびに機能的自立度評価(Functional Independence Measure;FIM)の測定を実施した。FIMは日常生活活動(Activities of Daily Living;ADL)の自立度を表す指標の一つで、入院時と退院時のFIMスコアの差(FIM effectiveness)は、臨床においてリハビリテーションの介入効果を表す指標として使用されることからメタ学習能力が、FIM effectivenessに与える影響を調べた。
個人が持つメタ学習能力を定量的に計測、FIM effectivenessとの関係性を解析
短期的なメタ学習実験は、研究グループがこれまでに開発したメタ学習タスク(報酬情報を学習の達成度に応じてフィードバックする)に基づいて行った。この実験では、個人が元来有する学習能力と、メタ学習能力を区別して計測することが可能だ。実験参加者は、非麻痺側上肢を用いて、提示された運動目標に手を伸ばす到達運動課題を行い、続いて学習試行において運動学習の程度を評価し、この学習量に基づいたスコアをフィードバックする。実験参加者は提示されたスコアの総和が最終的に最大になるようにメタ学習を行う。このメタ学習タスクは30分程度で終了し、すぐに忘却する程度の運動効果しかないが、個人が持つメタ学習能力を定量的に計測することが可能だ。得られたデータについて、線形回帰分析を用いて、メタ学習効果と FIM effectivenessとの関係性を解析した。
学習能力を加速するメタ学習能力が高い人は、ADLの改善がより見込まれることを示唆
その結果、FIM effectivenessは、メタ学習能力と正の相関を示したが、年齢が高くなるにつれてこの関連が弱まることもわかった。一方、個人が元来有する運動学習能力とは関連が見られなかった。このことは、学習能力を加速するメタ学習能力が高い人は、ADLの改善がより見込まれることを示唆しており、メタ学習能力が効率的な運動能力の改善にとって重要であることが明らかになった。
メタ学習の訓練によって効率よく運動能力が改善できるようなリハビリ治療の開発に期待
運動学習がリハビリテーションの基盤となることや、同様のリハビリテーション訓練を行っても、その効果が人によって異なることは、古くから知られていたが、今回、自分の学習能力を見つめ、学習をプランニングするメタ学習能力が、運動能力の改善の要因になっていることが明らかになった。「研究結果は、低いメタ学習能力を示す個人に対しても、メタ学習の訓練によって効率よく運動能力が改善できるような、テーラーメイド・リハビリテーション治療の開発につながると期待される」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学TSUKUBA JOURNAL