医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 自閉症の不安定な予測メカニズムの一端をサルで解明、個人差も発見-NCNPほか

自閉症の不安定な予測メカニズムの一端をサルで解明、個人差も発見-NCNPほか

読了時間:約 7分29秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2024年08月05日 AM09:20

自閉症における予測符号化異常のメカニズムは不明だった

)は7月26日、(自閉症)モデルマーモセットを用い、脳の階層にわたる予測符号化異常のメカニズムを解明したと発表した。この研究は、NCNP神経研究所 微細構造研究部の一戸紀孝部長、精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部の松元まどか室長(現: 京都大学医学研究科附属脳機能総合研究センター 臨床脳生理学分野 特定准教授)、飯島和樹研究員、 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)のZenas Chao准教授、東京工業大学 科学技術創成研究院の小松三佐子特任准教授( 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム客員研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

予測符号化とは、脳が過去の経験に基づいて外界の予測を生成し、この予測と実際の感覚入力との間の不一致(予測エラー)を使用して外界の予測を継続的に更新する理論で、脳が外部の感覚入力をどのように処理して環境に効率的に適応するのかについてこれまでの理解を一新する魅力的な枠組みだ。この繰り返しプロセスにより脳は理解を洗練させ、将来の出来事をより正確に予測・判断することができるようになる。トップダウンの予測とボトムアップの感覚入力との間の動的な相互作用は、ヒトの知覚体験を連続的に洗練させることに役立つ。このように予測符号化は、認知神経科学・心理学・神経学の分野に革新をもたらし、脳の働きを理解し深める上で欠かせない理論的基盤となっている。

クマのシルエットを見たときの認識を例に挙げると、都会の街角で見た場合、多くの人の初期の予測は剥製などの動かないクマかもしれないが、山奥で見たときの初期の予測は本物の動くクマと考えられる。このように、最初の予測は環境や過去の経験に基づいて異なる。つまり、それぞれの予測信号が異なる。都会ではクマのシルエットが動かないという予測信号が強くなり、山奥ではクマが動く可能性が高いという予測信号が強くなる。しかし、実際の感覚入力としてクマのシルエットが動くことがある。このとき、都会でクマが動いた場合は「動いた!」という大きな予測エラーシグナルが生じる。これは初期の予測と感覚入力が大きく異なるためだ。一方、山奥でクマが動いた場合、「やっぱり動いた」という小さな予測エラーシグナルが生じる。こちらは初期の予測と感覚入力が一致するためだ。これらの予測と予測エラーがスムーズに情報交換を行い、脳は必要に応じて予測を素早く適切に変更していく。都会ではクマが動くという新しい情報に驚き、「本物だ!」という新しい予測が形成され、山奥では予測が確認され、「やっぱり本物だ」という認識が強化される。このように、予測符号化はトップダウンの予測とボトムアップの感覚入力との間の動的な相互作用を通じて、ヒトの知覚体験を連続的に洗練させる。

バルプロ酸を母体に投与し自閉症モデルマーモセットを作製し、皮質脳波電極を留置

自閉症の症状は個人によって大きく異なり、言語発達の遅れや感覚過敏、柔軟性の欠如などが含まれる。自閉症においては、この予測符号化の過程に異常があるという仮説が提唱されてきた。自閉症の人々は、予測と予測エラーの調節がスムーズではないために、対人関係をうまく調整するために必要な複雑な人間関係や、次々と変化する状況に素早く適切に対処することが難しい場合がある。例えば、相手の表情を正確に予測・解釈することが困難であるため、結果として空気が読めないといった自閉症的な困難さに直面する可能性が高まる。また、予測符号化の不調は予測が容易な行動や興味の限定化、つまり自閉症の固執性・繰り返し行動とも関連していると考えられている。これらの行動は、予測が困難な状況を避けるための戦略として理解でき、結果として予測誤差を最小限に抑えようとする。

しかし、実際にどのように自閉症の予測符号化過程に異常があるのかは長い間明らかにされていなかった。研究グループは今回、自閉症モデルの小型霊長類マーモセットを用いて予測符号化の異常を調べた。具体的には、いろいろな確率で現れるトーンをマーモセットに聞かせ、その大脳皮質全体を覆う皮質脳波(ECoG)電極で検出した脳活動を記録し、予測符号化理論に基づいたモデルを用いて、記録した脳活動についてデータ解析を行った。

まず、バルプロ酸を母体に投与して自閉症モデルマーモセットを作製し、96チャンネルの大脳皮質外側面全体を覆う皮質脳波電極を留置した。バルプロ酸は抗てんかん薬で、母親が妊娠中に飲むことにより自閉症のリスクが上がることが知られおり、研究者たちはこれまでに同様な方法で自閉症マーモセットを作出し、その行動と脳の分子特性がヒトの自閉症として高い妥当性があることを見出してきた。

自閉症モデルマーモセットで予測エラーを複数確認

今回の研究では、マーモセットは連続したトーンのセットを脳波記録中に聞いた。トーンのセットは一定のトーンxが5回連続して出るxxシーケンスと、トーンxが4回連続した最後に別なトーンyが来るxyシーケンスで構成された。ヒトもマーモセットも連続して同じトーンが来ると、次も同じトーンが来るという予測期待を高めることが知られており、最後に別のトーンが来ると大きな予測エラーが出ると考えられる。さらに、今回は予測と予測エラーの脳の計算をよりよく知るために、2つのxxとxyシーケンスが、別々の確率で現れるxxブロックとxyブロックを用いた。xxブロックはxxシーケンスが80%の確率でランダムに現れ、xyブロックは反対にxyブロックが80%の確率で現れる。xxブロックではトーンyの出現頻度がさらに小さいので、yの予測期待が脳で小さくなることが予想され、yに対する予測エラーが、よりトーンyの出現頻度が高いxyブロックよりも大きくなることが期待される。

結果、xxブロックにおいて対照マーモセットも自閉症マーモセットもともに、xxシーケンスでの脳の神経活動からxyシーケンスでの脳の神経活動を引き算すると5番目のトーンの後に、大きな電気活動の差が出た。また、対照群では全ての個体でxyブロックの方でxxブロックよりも5番目のトーンの後のyとxへの反応の差が小さいことが判明。これに対して自閉症モデルマーモセットの1頭(自閉症A)は5番目のyへの反応とxへの反応ヘの差はxyブロックとxxブロックとでそれほど違いがなかった。これは自閉症Aが全体のパターンの情報から計算される予測をうまく使えておらず、常に驚きをもってyに反応していることを示唆している。このことは自閉症の知覚・聴覚過敏と関連している可能性がある。さらに、もう1頭の自閉症モデルマーモセット(自閉症B)は5番目のyへの反応とxへの反応ヘの差はxyブロックでマイナスになるというパターンを示した。これは自閉症Bが全体のパターンに引きずられて、xxxxの後にyが来るというパターンの予測を上げた結果、xxxxの後にxが来る方を驚きとして捉えた可能性を示唆している。これは自閉症の思い込みの強さとの関連がうかがわれた。

自閉症の不安定な予測が、持続的で一貫した認知・行動障害を引き起こしている可能性

このデータを用いて定量的にマーモセットの脳の予測符号化機構を評価するためにモデルを構築した。このモデルは3つの階層レベル(レベルS、レベル1、レベル2)と2つの検知系(x検知系とy検知系)から構成される。レベルSはトーン入力を受信する一番下の感覚レベルで、レベル1は5個のトーンからなるシーケンスの局所的なx, yの出現頻度に基づく規則性を学習・符号化し、レベル2はブロック内でのxxシーケンスとxyシーケンスの割合という大域的な規則性を学習・符号化する。レベルSは感覚入力を受信し、レベル1からの予測1を引き算して、予測エラー1をレベル1に送り返す。レベル1はレベルSからの予測エラー1を受けて、レベル2からの予測を引いて、予測エラー2を出力する。2つの検知系の各レベルの予測はx, yの局所的な出現遷移確率とブロック内のシーケンス確率から数学的に計算される。さらに自閉症マーモセットの感覚感度と各階層的予測の隠れた状態・隠れた変数を評価するために、各レベルにわたってモデルにいくつかの係数を加えた。レベルSでは、繰り返されるトーンxに対する順応を考慮して、感覚入力にスケーリング係数S0を加えた。係数S0は、0から1の値をとり、大きいほど感覚入力の減衰が小さく感覚過敏状態を生み出すと考えられる。レベル1と2では、不完全な予測を考慮するために、第1レベルの予測と第2レベルの予測に、それぞれスケーリング係数s1、s2を加えた。s1=1およびs2=1のとき,予測は最適と考えられる。s1<1またはs2<1のとき、「低予測」であり、予測の利用が不十分なことを意味する。s1>1またはs1>1の場合、「ハイパー予測」となり、予測が過剰に用いられることを意味する。

次に、フィッティング法を用いてマーモセットから得られた実際の脳活動と最もよく一致する係数をマーモセットごとに計算した。その結果、対照群の3頭は感覚減衰の指数であるS0は約0.4だったが、自閉症A, BはそれぞれS0が0.75, 0.95と大きな値で感覚減衰が小さく感覚過敏性があった。また対照群は3頭ともS1, S2が0.7以上と、適正値の1に近かったにも関わらず、自閉症AはS1, S2がそれぞれ0.3,0.2と、予測が「過小」に使われていることがわかった。これは自閉症Aがxyブロックにおいても、トーンyに対して強い反応を保持していたことの背景にあると考えられる。また、自閉症BはS2が1.7と予測が「過剰」に使われており、これが自閉症Bがxyブロックでトーンxに対してトーンyよりも強い反応を示していたことのメカニズムと考えられる。

さらに平均ではなく試行ごとの予測エラー1, 2の強さの分布を各個体で調べたところ、どちらの予測エラーともに、対照群は狭い範囲に強さが分布しており、予測の安定性がうかがわれた。これに対して自閉症モデル群はA, Bともに幅の広い分布を示し、1回ごとの予測が不安定であることが示された。不安定な予測は、持続的で一貫した認知・行動に障害をもたらすと考えられる。また、これは理論的に主張されていた自閉症の「予測精度の低さ」という概念と一致する。

自閉症の個人に合わせた、より効果的な治療・支援方法開発につながる可能性

今回の研究により、自閉症のマーモセットの脳では繰り返し与えられる刺激に対し、健常なマーモセットのように慣れていくことが難しいことがわかった。また、脳の中で行われる予測も不安定で、精度が低いことが明らかになった。さらに、自閉症のマーモセットの間では脳の中での予測の使われ方に大きな個体差があることも判明した。ある自閉症のマーモセットでは予測に引き込まれすぎてしまい、実際の感覚情報よりも予測を重視しすぎてしまうことがあった。一方で、別の自閉症のマーモセットでは予測をうまく取り込めず、予測と実際の感覚情報を適切に組み合わせることが難しいようだった。つまり、自閉症のマーモセットでは、脳の中での予測がうまく使われていないということが示されたが、その現れ方は個体によって大きく異なっていた。同結果は、自閉症のさまざまな症状が、脳の中での予測の仕組みの問題と関係する可能性を示唆している。また、自閉症の人の間でも、予測の使われ方に大きな個人差がある可能性がある。同研究は、脳の中での予測の仕組みと自閉症の症状を結びつけることで、自閉症の複雑な原因を理解するための新しい方法を見つける可能性を示している。これは、今後の自閉症研究にとって重要な発見だと言える。

「本研究で使われた方法は、ヒトの自閉症でも、脳の中の予測の仕組みがどのように異なるかを明らかにする手法を提供する。また、今回の研究で見つかった自閉症のマーモセットの間での予測の使われ方の大きな違いは、ヒトの自閉症でも、いくつかのグループに分けられる可能性を示唆している。これは、それぞれの自閉症の人に合わせた、より効果的な治療法や支援方法の開発につながると期待される。今後、この研究で得られた知見をもとに、ヒトの自閉症の理解がさらに深まり、一人ひとりに合った支援や治療法が開発されていくことが期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 「働きすぎの医師」を精神運動覚醒テストにより評価する新手法を確立-順大ほか
  • 自己免疫疾患の発症、病原性CD4 T細胞に発現のマイクロRNAが関与-NIBIOHNほか
  • 重症薬疹のTEN、空間プロテオミクス解析でJAK阻害剤が有効と判明-新潟大ほか
  • トリプルネガティブ乳がん、新規治療標的分子ZCCHC24を同定-科学大ほか
  • トイレは「ふた閉め洗浄」でもエアロゾルは漏れる、その飛距離が判明-産総研ほか