表皮細胞の培養中に細胞が自ら模様を作る理由や役割は不明だった
北海道大学は7月19日、皮膚の細胞が飢餓状態にあると自ら一定の模様を形成することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の夏賀健准教授、眞井洋輔客員研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Life Science Alliance」に掲載されている。
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皮膚は人体の最外層に位置し、外敵からのバリアとして重要な機能を果たす。皮膚は外から順に表皮、真皮、皮下脂肪組織の3つの層で形成され、表皮が十分な厚みを持つことで、そのバリアとしての機能を持つことができる。表皮を構成する表皮細胞は増殖・分化という役割をそれぞれの細胞が適切な割合で担うことにより、良い表皮の厚みを維持するが、役割分担のメカニズムはまだ明らかになっていない。このメカニズムを明らかにすることは、皮膚を作る再生医療を発展させることにつながる。
研究グループは、表皮細胞の培養中に細胞が自ら模様を作る現象を発見し、その模様が表皮細胞の役割分担を決めるメカニズムになるのではないかと考え、研究を始めた。
細胞間接着によって制御されるYAPに着目、表皮細胞の増殖・分化の変化を検証
まず、表皮細胞単体をプラスチック培養皿で培養し、培地を交換しない(いわゆる飢餓状態)で観察を続け、表皮細胞が模様を形成するか検討。模様が出現する前の段階で、細胞間接着を阻害する条件の培養に変更することや、細胞間接着を担う分子(α-catenin)をノックアウトした細胞を使い、細胞間接着がどのように模様の形成に影響を与えるか検討した。また、数理モデルを用いて、細胞間接着が十分に強固であった場合、このような模様が生じ得るのかシミュレーションした。
次に、模様を作った表皮細胞を詳細に観察し、どの表皮細胞が増殖しているか、分化しているかを調べた。模様を作る表皮細胞における増殖や分化を制御するメカニズムを明らかにするため、細胞間接着によって制御されるYes-associated protein(YAP)という分子に着目した。YAPは細胞の核内に存在することで細胞増殖に、細胞質内に存在することで分化の方向に細胞を誘導することが知られているため、模様を作った表皮細胞でYAPの細胞における局在を調べた。また、YAPの活性化剤・阻害剤を用いて、模様を作る表皮細胞の増殖や分化がどのように変化するかを検討した。
より早く厚みのある皮膚を作る条件を培地で検討
この表皮細胞の模様に着目した培養方法を再生医療に応用するため、3日に1回培地を交換する培地枯渇条件と、毎日培地を交換する培地潤沢条件で表皮細胞から厚みのある表皮を作る三次元培養を行い、どちらの条件がより良い厚みを持つ表皮を形成するか調べた。また、この培養方法が実際の生体の皮膚でもより厚みのある表皮を作るかを検討するため、新生仔マウスの背部に人工的に傷を作り、その傷を持つ皮膚を切除して傷が治るまで皮膚を培養する方法を樹立した。そして、このマウスの傷を持つ皮膚の培養を2日に1回培地を交換する培地枯渇条件と、毎日培地を交換する培地潤沢条件で比較し、どちらの条件で傷が治る際に、より早く厚みのある皮膚を作るかを検討した。
細胞が「飢餓状態」に陥ると、厚みのある皮膚を作ることを発見
その結果、表皮細胞は培地交換せずに培養を継続することで、自ら一定の間隔で密に集まる模様を作ることを発見した。この模様は培地交換を毎日行うと形成されなくなり、培地に添加されているウシ胎仔血清が枯渇すると形成されることを明らかにした。また、この模様の形成には細胞間接着が必要であることを発見した。さらに、数理モデルを用いたシミュレーションを用いて、細胞間接着が十分に強固であった場合、細胞は自ら同様の模様を形成することを明らかにした。
また、模様を作った表皮細胞は密に集まっているところで分化し、逆に疎に分布している場所では増殖しており、表皮細胞はこの模様の分布に従ってそれぞれの役割を決定していることを発見した。細胞間接着分子であるα-cateninをノックアウトした細胞では、密に集まり分化する細胞は消失し、模様による表皮細胞の役割決定は細胞間接着に依存していることを明らかにした。細胞間接着によって制御されるYAPは密に集まる細胞では細胞質内に存在し、疎に分布する細胞では核内に存在することを発見し、このYAPの局在は密に集まる細胞が分化すること、疎に分布する細胞が増殖するという現象に一致していた。さらに、YAP活性化剤を用いることでYAPは強制的に核内に分布し、分化する細胞が減少することを確認した。反対に、YAPの阻害剤を用いることでYAPは強制的に細胞質内に分布し、増殖する細胞が減少することがわかった。以上より、模様を作った表皮細胞における細胞の役割決定にはYAPが重要な役割を果たすことが判明した。
表皮細胞から厚みのある表皮を作る三次元培養では、毎日培地を交換する培地潤沢条件よりも、3日に1回培地を交換する培地枯渇条件の方が、より厚みのある表皮を作ることができた。また、傷を作ったマウスの皮膚の培養でも、毎日培地を交換する培地潤沢条件より、2日に1回培地を交換する培地枯渇条件の方がより厚みのある表皮を作ることを明らかにした。
飢餓状態での皮膚細胞培養が、皮膚の再生医療につながることに期待
今回の研究により、表皮細胞は培地中の血清が枯渇することにより、模様を形成することが明らかになった。この模様を形成する培地枯渇培養は、より厚みのある表皮を作ることができるため、皮膚を作る再生医療に応用できる可能性がある。
「皮膚を作る再生医療は、重度の熱傷の患者や生まれつき弱い皮膚を持つ患者を救うために必要な技術であり、今回の研究結果が患者の治療法開発の一助になればと期待している」と、研究グループは述べている。
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