健康寿命の延伸などに向け、転倒リスクアセスメントは重要な社会課題に
京都大学は7月19日、段差や障害物の無い整定地における直線的で一定速度の歩行であっても、歩きスマホに伴う内因性の要因が、歩行の安定性を低下させることを明らかにしたと発表した。大阪大学院基礎工学研究科の矢野峻平氏(研究当時大学院生)ら、ノースカロライナ州立大学、京都大学大学院情報学研究科野村泰伸教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
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東京消防庁管内で2015~2019年までのまでの5年間に転倒によって救急搬送された者は、30万人を超える。また、骨折・転倒は高齢者の要介護認定の主要な直接原因(第4位)でもある。このように、健康の持続と健康寿命の延伸、あるいは医療経済の改善にとって、転倒リスクアセスメントは重要な社会課題となっている。歩行中の転倒リスクを増大させる原因として、歩きスマホや前抱えリュックサックが知られている。この場合のリスク要因は、スマホ画面注視や前抱えリュックサックによる足元や周辺視覚情報の欠損が、段差や障害物等の要因(外因性の要因)による躓きを誘発することだと考えられている。前抱えリュックサックに関しては、周辺視覚情報の欠損に加え、前方荷重そのものが歩行を力学的に不安定化させるとする報告もある。一方、歩きスマホの場合、周辺視覚情報の欠損に関係する外因性の要因に加え、スマホ操作やスマホ利用のために脳内の情報処理リソース(情報処理資源)が割かれてしまうことで、歩行運動制御のための脳内情報処理が円滑に行われ難くなるという、いわゆる内因性の要因によって、歩行の安定性が低下する可能性が考えられている。
歩きスマホで歩行安定性低下?若年健常者対象に整定地・直線的・一定速度の歩行で調査
そこで、今回の研究では、段差や障害物の無い整定地における直線的で一定速度の歩行であっても、歩きスマホに伴う内因性の要因によって歩行の安定性が低下するか否かを調査した。
若年健常者を対象として行われた今回の研究では、一定速度でベルトが回転するトレッドミル上を歩行する際の歩行リズム、すなわち、歩行周期(歩行サイクル時間)の変動、すなわち、歩行周期ゆらぎを計測することで、歩行の安定性を反映する指標値が評価された。若年健常者の歩行周期変動は、1/fゆらぎ(エフ分の1ゆらぎ)を示すことが知られている。1/fゆらぎは長期記憶・持続性相関を有する確率過程の1つで、ある時点での歩行周期は、それより数千歩も前(過去)の歩行周期の影響を受けつつ確率的に決められるという性質がある。一方、高齢者や姿勢や歩行の不安定化症状を示すパーキンソン病患者では、歩行周期変動の持続性相関が低下し、1/fゆらぎが損なわれる傾向があることが知られている。したがって、歩行周期ゆらぎの持続性相関の度合いは、歩行の安定性を反映する指標であると考えられている。今回の研究では、画面表示のないスマホを見つめながらの非認知課題歩行とスマホゲームをしながらの認知課題歩行(歩きスマホ)が、スマホを持たない通常歩行と比較された。
画面オフのスマホも同程度に視覚情報低下も、歩きスマホのみ歩行安定性低下
その結果、当初の予想に反して、平均歩行周期と歩行周期の標準偏差(ばらつき)には、通常歩行、非認知課題、認知課題の3条件間で有意な差はなかった。しかし、持続性相関指標に関しては、非認知・認知両課題で同程度に視覚情報が低下しているにも関わらず、認知課題(歩きスマホ)に対してのみ、通常歩行と比べてその値が低下することが明らかになった。これは、歩きスマホに伴う脳内情報処理が、内因性に歩行の安定性を低下させることを示唆している。
パーキンソン病の歩行障がい、原因究明の一助になる可能性
今回の研究の科学的成果は、歩行周期の神経制御と歩行の安定性の関係を明らかにする脳科学研究に対する重要なエビデンスを提供できたことにあるという。この研究成果は、パーキンソン病の歩行障がいの原因究明の一助になる可能性がある。一方、歩きスマホの安定性が、必ずしも周りが見えていないことによる他人や障害物との衝突や段差躓き、転落といった外因性の要因のみならず、脳内情報処理リソースの枯渇という内因性の要因によっても低下する可能性が示されたことで、歩きスマホの危険性を社会により明確に認識する啓蒙効果も期待される、と研究グループは述べている。
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