運動療法が慢性疾患病態を軽減、その生化学的メカニズムは?
東京都健康長寿医療センター研究所は7月18日、動物モデルを用いた研究から、運動によって筋組織から産出されるPEDF(Pigment epithelium-derived factor;色素上皮由来因子)と呼ばれる因子が末梢組織の細胞老化を抑制する働きを持つことが明らかになったと発表した。この研究は、同研究所老化細胞研究の津島博道氏(日本学術振興会特別研究員)、杉本昌隆研究副部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Aging」に掲載されている。
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ヒトやマウスの体内には、加齢に伴って老化細胞(細胞老化を起こした細胞)が蓄積する。老化細胞からはさまざまな物質が分泌され、組織の機能に影響を与えることが知られている。このような老化細胞の作用は、組織の加齢性変化や慢性疾患の一因であることが動物モデルを用いた研究から明らかになっている。
ヒトにおいて、運動は慢性疾患病態を軽減する作用を示し、非薬物療法として運動療法がしばしば用いられている。一方で運動がなぜこのような有益な作用を示すのかについて、特にその生化学的メカニズムは不明だった。ヒトや実験動物(マウス、ラットなど)で、運動は末梢組織で老化細胞を減少させる働きを持つことが多く報告されている。老化細胞の慢性疾患に対する作用から、運動療法の作用点の1つが細胞老化抑制であることが考えられていた。そこで今回の研究では、動物モデルを用いて運動が細胞老化を抑制するメカニズムについて解析を行った。
マイオカイン探索によりPEDF発見、肺気腫モデル動物に投与で肺組織の老化細胞が減少
研究グループは、筋細胞で産生されるマイオカインに着目し、細胞老化を抑制する活性を持つマイオカインの探索を行った。その結果、候補となる因子としてPEDFを得た。マウス自発的運動モデルにおける血中動態を調べたところ、運動群では筋組織で発現が上昇し、血中PEDFタンパク質も増加することを確認した。
組換えPEDFタンパク質をマウスに投与すると、肺組織や脂肪組織で老化細胞の減少が認められた。さらに、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の主要病態である肺気腫モデル動物にこの因子を投与したところ、肺組織の老化細胞の減少とともに、呼吸機能低下が抑えられた。
呼吸機能が低下しているCOPD患者ほど血中PEDF量が低いと判明
また、COPD患者における血中PEDFを測定したところ、呼吸機能が低下している患者ほど血中PEDF量が低いことが示された。以前の研究から肺組織の老化細胞は呼吸機能を低下させる作用を持つことが明らかになっており、PEDFが細胞老化を介してCOPD病態に影響を与えることが示唆された。
以上の結果から、運動はPEDFを介して細胞老化を抑制し、慢性病態を緩和することが示された。マウスにおいてPEDFの発現は、加齢とともに減少する傾向にあったことから、老化細胞の蓄積や組織機能の低下にも関与する可能性が考えられた。
老化細胞標的のセノリティック薬には副作用の懸念
老化細胞はさまざまな慢性疾患を増悪化する作用を持ち、老化細胞を標的としたセノリティック薬の治験が行われている。一方、セノリティック薬には副作用を示すものがあることや、老化細胞の除去が必ずしも生体にとって有益ではないということも指摘されている。運動は、生体が本来持っている細胞老化抑制作用を増強すると考えられ、セノリティック薬のような副作用は少ないと考えられる。しかしながら運動療法はすべての患者に適用できるわけではない。「運動療法の生化学的作用点の解明は、運動の有益な作用を享受するための手法の開発へとつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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