変形性膝関節症などへの効果報告はあるが、「健康な膝」の歩行効果への裏付けは乏しかった
産業技術総合研究所は7月18日、膝サポーターの着用による「歩行の対称性」向上の有無を検証したと発表した。この研究は、同大研究所健康医工学研究部門運動生理学・バイオメカニクス研究グループの藤本雅大研究グループ長、稲井卓真研究員、土田和可子研究員、工藤将馬研究員は、香川シームレス株式会社の金地晃司専務、株式会社コヤマ・システムの佐野弘実代表取締役社長、一般社団法人香川県運動推進協会の安部武矩代表、四国学院大学社会学部の片山昭彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Bioengineering and Biotechnology」に掲載されている。
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健康寿命の延伸において、高齢者の歩行能力の維持・向上は重要な課題だ。膝サポーターは、日常生活から臨床現場に至るまで、膝に関する問題や悩みを抱える高齢者に広く使用されている。膝サポーターの着用により、膝の痛みの軽減や歩行機能の改善など、主に変形性膝関節症や前十字靭帯損傷などの関節疾患や受傷経験のある膝に対する効果が報告されている。しかし、健康な膝においては、歩行に対する効果と有用性を示す客観的な裏付けが乏しいのが現状だった。
健常な高齢者16人対象、歩行中の身体の位置座標・腰部・足部の加速度を計測
産総研健康医工学研究部門は、産総研の総合力を発揮するべく複数の研究領域で構成する次世代ヘルスケアサービス研究ラボに参画して、モーションキャプチャー装置や小型センサーを活用し、医療や介護・福祉の現場で利用されるヘルスケア製品・サービスの検証データを取得するなど、高齢化が進む社会における課題解決に取り組んでいる。今回の研究は、健康状態の改善を実現するための研究開発を行う観点から、社会で有用性が広く認知されている膝サポーターが歩行に及ぼす効果を検証・評価することを目的として実施した。
研究グループは、産総研四国センターが保有する身体動作の計測設備・評価技術群の総称である「身体動作解析産業プラットフォーム」を活用し、健常な高齢者の歩行を計測・評価して、膝サポーターの着用効果を検証した。実験では、健常な高齢者16人を対象に、光学式モーションキャプチャー装置と慣性計測装置(Inertial Measurement Unit:IMU)を用いて、歩行中の身体の位置座標、腰部および足部の加速度を計測。参加者は、快適な速度(快適速度)とできる限り早い速度(早歩き)の条件で歩行した。また、参加者は、裸足で約15mの直線路を5往復した。腰部に貼付したIMUから得られる加速度のデータから、歩行の対称性を示す指標であるImproved Harmonic Ratio(iHR)を算出し、膝サポーター非着用時の結果と両膝着用時の結果の比較により、膝サポーター着用の効果を検証。なお、実験は所内倫理委員会の承認を得たうえで実施した。参加者は、実験前に書面と口頭による説明を受け、同意したうえで実験に参加した。
膝サポーター着用で対称性向上
実験の結果、早歩きの際に膝サポーター非着用の場合、快適速度での歩行時と比較して身体前後方向のiHRが低い値を示した。これは、歩行の対称性の低下を示している。一方、早歩きの際に膝サポーターを着用すると、非着用時と比較して身体前後方向のiHRは高い値を示した。これらの結果から、早歩きの際には快適速度での歩行時に比べて歩行の対称性が低下すること、そして膝サポーターを着用することで、その対称性が向上することが明らかになった。
早歩きの際に膝サポーターが歩行を整え、転倒リスクを低減するのに有用な可能性
歩行の対称性と転倒リスクの間には関連性があり、転倒リスクの高い人は歩行の対称性が低いことが報告されている。つまり、早歩きの際の歩行の対称性の低下は、転倒リスクの増大と関連する可能性がある。実際に、高齢者では特に早歩きの際に転倒リスクが高まることが報告されている。少子高齢化が世界規模で進行する中、要介護者になる主要な原因の一つ「転倒」の予防は、生活の質(QOL)を維持・向上し、ウェルビーイングを実現するための世界共通の課題だ。同研究の結果は、早歩きの際に膝サポーターが歩行を整え、転倒リスクを低減するのに有用である可能性を示唆している。
同研究の成果は、膝サポーターが歩行の質、特に、歩行の対称性の向上をもたらすことを示す科学的根拠を提供するものだ。産総研は、今後もヘルスケア製品・サービスの検証データの取得を進め、人の身体・運動機能の維持・改善に資する科学的知見の獲得とそれらのヘルスケア産業への応用を通じて、健康かつ質の高い生活の実現につなげていく、と研究グループは述べている。
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・産業技術総合研究所 プレスリリース