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見た物を記憶する脳の仕組みをサルで解明、世界初-量研ほか

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2024年07月18日 AM09:30

側頭皮質前方部がネットワークを形成し、視覚短期記憶を実現するメカニズムは不明

量子科学技術研究開発機構は7月10日、見た物についての記憶を保持する脳ネットワークを霊長類で特定し、その作動原理を明らかにすることに、世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同機構量子医科学研究所脳機能イメージング研究センターの平林敏行主幹研究員・南本敬史次長らと、京都大学ヒト行動進化研究センター 高田昌彦教授らとの共同研究によるもの。研究成果は、「Nature Communication」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

目の前にいる猫の模様を覚えておいて、物陰に猫が隠れてしばらく経った後に出てきても、さっき見たのと同じ猫だとわかる、といった物体の視覚短期記憶には、脳の中でも特に、物体の色や形についての高度な視覚情報を処理する側頭皮質前方部が重要であることが、30年ほど前から知られていた。しかし、脳機能はたった一つの領域だけではなく、いくつかの領域から成る「ネットワーク」によって実現されており、視覚短期記憶も側頭皮質前方部が他の領域とネットワークを形成することで成立していると考えられる。

しかし、側頭皮質前方部が他のどの脳領域とネットワークを形成して、それがどう働いて視覚短期記憶を実現しているか、またネットワークの中で、いつ、どのような情報がやり取りされることで視覚短期記憶が実現し、それが寸断されたら記憶がどうなるのか、といったことはこれまで調べられていなかった。これらを知るには、まず視覚記憶を使っているときの脳全体の働きを見て、側頭皮質前方部の「パートナー」領域を特定し、次にパートナー領域の活動を人為的に止めたときに側頭皮質前方部の働きがどう変わるかを、ネットワーク全体と個々の神経細胞の両方の空間スケールで見る必要があるが、そのような研究は技術的に難しく、これまで行われていなかった。

「前頭葉-側頭葉」ネットワークによって物体の視覚短期記憶が実現している可能性

研究グループはまず、サルに視覚記憶課題を訓練した。この課題では画面に一つの図形を呈示した後、数秒間隠しておく。その後にさっきと同じ図形と、それとは別の図形を同時に呈示してサルが前者の方に触れると、正解としてジュースがもらえる。この課題を解いているときのサルの全脳の血流量を「15O-H2O PET」という方法で計測し、記憶に関わる全脳の神経活動を調べた。

その結果、見た図形を覚えている間に強く活動する脳領域として、予想された側頭皮質前方部に加えて、前帯状皮質と後頭頂皮質、そしてこれまでは情動や価値に基づく意思決定などに関わると考えられていた眼窩前頭皮質が捉えられた。これらの領域から、側頭皮質前方部とネットワークを形成しているパートナーを絞り込むために、さらに脳領域同士のつながりを調べる機能的MRI結合解析を行ったところ、特に眼窩前頭皮質が側頭皮質前方部と最も強くつながっていることがわかり、これら2つの領域から成る前頭葉-側頭葉ネットワークによって物体の視覚短期記憶が実現していることが示唆された。

眼窩前頭皮質の活動を抑制すると、同時に側頭皮質前方部の活動も下がる

次に、視覚記憶において側頭皮質前方部のパートナーであることがわかった眼窩前頭皮質の活動を、化学遺伝学という方法で人為的に一時的に抑制し、視覚記憶課題の成績を調べた。すると、視覚機能は正常なまま記憶成績だけが下がったことから、眼窩前頭皮質は単に視覚記憶に「関連」した活動を示すだけでなく、視覚記憶に「必要」な脳領域であることが判明した。

眼窩前頭皮質の抑制による記憶成績低下の背景に、どのようなネットワーク作動の変化があるかを調べるため、今度は眼窩前頭皮質の活動を抑制した状態で記憶課題を解いているときの全脳の活動を、15O-H2O PETで調べた。その結果、眼窩前頭皮質の活動を抑制すると、同時に側頭皮質前方部の活動も下がることがわかり、記憶成績の低下は、前頭葉-側頭葉ネットワーク全体の機能不全によることが示唆された。

覚えているときの脳活動は、神経細胞の集団的な活動を反映

さらに、視覚記憶中に眼窩前頭皮質の活動を抑制したときに同時に抑制が見られた側頭皮質前方部で、個々の神経細胞の活動がどう変化しているのかを電気生理学的手法で調べた。まず、覚えているときに活動が見られた側頭皮質前方部で個々の神経細胞の活動を調べたところ、特定の物体を「見ている」ときと、それを「覚えている」ときの両方で、活動する神経細胞が多く集まっており、15O-H2O PETによってマクロレベルで見られた「覚えている」ときの脳活動は、ミクロな細胞レベルで見ると、こうした神経細胞の集団的な活動を反映していたことがわかった。

物体の視覚記憶を担う霊長類の前頭葉-側頭葉ネットワークとその作動原理を解明

最後に、側頭皮質前方部の同じ神経細胞の活動を、眼窩前頭皮質の抑制前と抑制中とで比べたところ、物体を「見ている」ときの活動は眼窩前頭皮質を抑制しても弱まらず、「覚えている」ときの活動だけが弱まることが判明した。

側頭皮質前方部における神経細胞のこのような特徴的な活動変容は、眼窩前頭皮質の活動を抑制していない正常な状態でも、サルが呈示された図形を覚えられなかったときに見られたことから、物体を「覚えている」ときの側頭皮質前方部の活動は、単に覚えているときに見られるというだけでなく、サルが実際にその物体を覚えているかどうかを反映していることが示唆された。これらの結果から、側頭皮質前方部は、物体を「見ている」ときには外から入って来るボトムアップの視覚入力によって活動するのに対して、見た物を「覚えている」ときは、眼窩前頭皮質からのトップダウン入力によって記憶情報を保持し、かつそうした情報の保持が、見た物を覚えておくのに必要であるということがわかった。このように、化学遺伝学、脳機能イメージング、そして神経細胞活動記録を組み合わせることで、30年間未解明だった物体の視覚記憶を担う霊長類の前頭葉-側頭葉ネットワークとその作動原理が、世界で初めて明らかになった。

認知症などで障害された視覚記憶を回復させるなどの臨床応用に期待

今回の研究により、視覚記憶のメカニズム理解が進むだけでなく、ヒトに近い脳の構造と機能を持つサルにおいて同研究で初めて特定したネットワークを人工的に活性化することで、散歩中にさっき見た風景を正しく思い出すといった、認知症などで障害された視覚記憶を回復させるなどの臨床応用も期待される。

「同研究で用いた化学遺伝学と脳機能イメージング、そして神経細胞活動記録を組み合わせた強力なアプローチを応用することで、ヒトをはじめとする霊長類でのみ見られるような他の高度な認知・情動機能や、脳疾患の症状に関わる機能不全についても、その背景にあるまだ解かれていない脳ネットワークとその作動メカニズムを因果的に明らかにすることができると期待される」と、研究グループは述べている。

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