ヒト胚の着床に必要な脱落膜化、細胞核内アクチンとの関係は?
山口大学は7月10日、ヒト胚の着床に必要となる「脱落膜化」という現象が、細胞核内でのアクチンタンパク質の動態変化によって制御されることを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科産科婦人科学講座の田村功講師、杉野法広教授、九州大学大学院農学研究院繁殖生理学分野の宮本圭教授(2024年3月まで近畿大学所属)の研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
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着床の場である子宮内膜では、受精卵を受け入れるために多くの変化が誘導され、これにより着床・妊娠が成立する。そのうちの一つである子宮内膜間質細胞の脱落膜化は、細胞が機能的にも形態学的にも劇的に変化する特有の現象であり、着床や妊娠の維持に必須の現象である。脱落膜化が障害された場合は、受精卵を受け入れることができず着床不全となり不妊症の一因となる。研究グループはこれまで、脱落膜化の過程では多くの遺伝子発現変化とそれに伴う細胞機能変化が起こり、着床に貢献していることを報告してきた。しかし、脱落膜化の調節機構はいまだ完全には明らかとなっていない。細胞骨格の構成組織であるアクチンタンパク質は細胞質に存在し、細胞の形態変化に関与していることは多くの細胞で知られている。近年、アクチンは核内に存在することが明らかとなっており、遺伝子発現制御への役割が着目されている。そこで、研究グループは今回、核内アクチンと脱落膜化の関係について迫ることとした。
核内アクチン動態を可視化できる子宮内膜間質細胞を樹立、核内アクチン集合体出現を確認
研究グループは初めに、GFPタンパク質で標識された核内アクチン可視化プローブを発現することで、核内アクチンの挙動をリアルタイムに可視化できる子宮内膜間質細胞を樹立した。この細胞を用いて脱落膜化反応を誘導したところ、脱落膜化すると、GFPシグナルが線状に凝集した核内アクチン集合体が出現することを発見した。興味深いことに、細胞の脱落膜化が解消し、元の細胞の状態に戻ると核内アクチンの集合体も消失した。さらに、このアクチン集合体の形成を人為的に阻害すると脱落膜化が抑制されたことから、核内アクチン集合体の形成は脱落膜化に必須な調節機構であることが明らかとなった。
核内アクチン集合体の形成により細胞増殖が停止し脱落膜化誘導
次に、核内アクチン集合体の形成により制御される遺伝子をRNAシークエンス解析で網羅的に調べた。脱落膜化で発現が低下する618遺伝子のうち、約半分もの304遺伝子が核内アクチン集合体形成により制御されていることがわかった。また、これらの遺伝子の多くは細胞増殖に関連する遺伝子に集中していたことから、核内アクチン集合体形成は細胞増殖抑制に働いていると考えられた。脱落膜化というのは一種の分化現象で、この過程では、細胞増殖が止まり分化にスイッチされることが必須だ。よって、核内アクチン集合体の形成により細胞増殖が停止し脱落膜化という分化へのスイッチが誘導されているのは非常に理にかなった反応と考えられた。
核内アクチン集合体を制御する因子として、転写因子C/EBPβを同定
さらに、核内アクチン集合体形成を制御する因子として、転写因子C/EBPβを同定することに成功した。核内アクチン集合体形成を制御する因子は他細胞でも報告が少なく、非常に重要な知見を得ることができた。
今回の発見は、核内アクチンを介した脱落膜化制御の新しいメカニズムを示すだけでなく、着床への関与という新たな核内アクチンの役割を示すものだ。「今まで知られていなかった着床機構が明らかになるとともに、核内アクチンやその制御因子であるC/EBPβをターゲットとした新たな着床不全に対する治療法の開発に貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・山口大学 プレスリリース