不明点が多い発汗メカニズム、発汗不全・過多への治療法は少ない
生理学研究所は7月9日、温度感受性TRPV4イオンチャネルとアノクタミン1の機能連関がマウスにおける発汗にも関与すること、特発性後天性全身性無汗症患者の汗腺においてTRPV4イオンチャネルの発現が低下していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所/生命創成探究センターの富永真琴前教授(現:名古屋市立大学なごや先端研究開発センター特任教授)、加塩麻紀子前特任准教授(現:熊本大学大学院生命科学研究部准教授)、佐賀大学医学部の城戸瑞穂教授、飯田市立病院病理診断科の佐野健司部長(元:信州大学医学部講師)らの研究グループによるもの。研究成果は、「eLife」に掲載されている。
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発汗には、体温を下げるための体温調節性発汗、緊張したときに手のひら等でみられる精神性発汗、辛いものや酸っぱいものを食べた時に起こる味覚性発汗がある。発汗のメカニズムは十分には明らかにされておらず、発汗不全や発汗過多に対する良い治療法がないのが現状だ。2021年にはイオンチャネルの一つであるTRPチャネルの研究にノーベル生理学医学賞が授与された。温度感受性TRPチャネルは、冷たい温度から熱い温度までさまざまな温度を感知するタイプがあり、現在11種知られている。中でもTRPV4チャネルは皮膚表皮細胞や骨・筋肉・神経の細胞に発現し、体温近くの温かい温度刺激や機械刺激、細胞膜由来の脂質等で活性化される。また、TRPV4遺伝子変異によるTRPV4イオンチャネル機能異常が、指定難病のシャルコー・マリー・トゥース病などさまざまな遺伝性の骨・筋肉・神経疾患を引き起こすことが知られている。
マウス足底汗腺の分泌細胞、TRPV4チャネル・アノクタミン1が共発現
研究グループは先行研究により、TRPV4チャネルとカルシウム活性化クロライドチャネルのアノクタミン1の機能連関が、脳の脈絡叢からの脳脊髄液分泌や唾液腺・涙腺からの唾液・涙分泌に重要な役割を果たすことを報告してきた。
そこで今回の研究では、TRPV4チャネルとアノクタミン1が、汗腺からの発汗にも関与しているのではないかと考え、マウス足底の汗腺の分泌細胞にTRPV4やアノクタミン1発現しているかどうかを調べた。その結果、TRPV4チャネル、アノクタミン1と水チャネルのアクアポリン5が汗腺の分泌細胞に共発現していることが明らかになった。
室温上昇での発汗量、正常マウス足底は増/TRPV4欠損マウスは低いまま
次に、正常なマウスとTRPV4欠損マウスの発汗の程度を比較するため、マウス足底でヨウ素デンプン反応を用いて実験を行った。その結果、正常なマウスでは25度から35度への室温上昇で発汗量が増加したが、TRPV4欠損マウスでは室温が上昇しても発汗量は低いままだった。また、正常なマウスにおいて、TRPV4とアノクタミン1の機能を阻害するメントールやアノクタミン1の阻害剤の塗布したところ、発汗量は減少した。これらの結果から、TRPV4やアノクタミン1が発汗に重要であることがわかった。
TRPV4欠損マウス、発汗「少」で摩擦力「小」
次に、マウス足底で起こる発汗の意味を検討。ヒトの手のひらでは常に発汗しており、そのおかげで摩擦力が大きくなって物をすべらずにつかむことができる。そこで、マウスの足底の発汗による摩擦力を調べるために、マウスにツルツルの斜面を登らせてみた。すると、TRPV4欠損マウスでは、登るのを失敗する例が多いことがわかった。これは、TRPV4欠損マウスでは発汗が少なくて摩擦力が小さく、踏ん張りがきかないためだと解釈することができる。
難病「特発性後天性全身性無汗症」、患者汗腺でTRPV4タンパク質発現低
最後に、ヒトでの発汗にもTRPV4が重要であるのかを検討。非調節性かつ広範囲に無汗を認める、難病の特発性後天性全身性無汗症(AIGA)がある。そこで、ヒトの汗腺でのTRPV4チャネルタンパク質量を調べた。その結果、AIGA患者の無汗部ではTRPV4チャネルタンパク質の発現が減少していることがわかり、ヒトの発汗でもTRPV4が重要なはたらきをしていることがわかった。
新たな発汗制御薬の開発に期待
以上の結果から、マウスおよびヒトでTRPV4とアノクタミン1の機能連関が発汗に大きく貢献していることがわかった。TRPV4は温かい温度で活性化するイオンチャネル。一般的には、発汗は脳からの自律神経で調節されていると考えられているが、局所でもTRPV4が温かい温度を感知して発汗が起こっている可能性がある。メントールを皮膚に塗るとスーッとするのは、冷たい温度の受容体TRPM8が活性化されるからだと考えられているが、メントールは、TRPV4とアノクタミン1の両方の機能を阻害することから、一時的に発汗が抑制されることもメントールによる爽快感のメカニズムの一つであると推察される。
今回の研究から、脳からの指令だけではなく、局所の汗腺でも温度を感じて発汗を促していることがわかった。発汗のメカニズムが明らかになったことで、新たな発汗制御薬の開発につながるものと期待される、と研究グループは述べている。
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・生理学研究所 プレスリリース