65歳以上の高齢者の3人に1人が毎年転倒、社会的な問題
兵庫県立大学は7月8日、地域在住高齢者のデータベースを用いて、転倒リスクを評価するための計算式と、高齢者自身でも入力しやすい転倒確率評価ツール「Calculation tool for predicting the Risk of Falls within the next year(CaRF)」を開発したと発表した。この研究は、同大地域ケア開発研究所の林知里所長、大阪公立大学大学院医学研究科整形外科学の豊田宏光准教授、岡野匡志氏の研究グループによるもの。研究成果は、「Osteoporos Int」に掲載されている。
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社会の高齢化に伴い、転倒は世界的な問題になっている。2008年の世界保健機関(World Health Organization:WHO)からの報告によると、65歳以上の高齢者の3人に1人が毎年転倒しており、転倒後の外傷は日本でも年々増加している。高齢者の転倒で注意しなければならないのは骨粗鬆症に伴う脆弱性骨折である。脆弱性骨折とは、わずかな衝撃にもかかわらず生じる骨折のことで、一般的には起立状態からの転倒で骨折してしまうような骨粗鬆症に関連する骨折である。背骨(椎体骨折)、太ももの付け根(大腿骨頸部骨折)、手首(橈骨遠位端骨折)、肩(上腕骨近位端骨折)が骨折を起こしやすい部位であり、高齢者の要介護や寝たきりの原因となりうることから医療的のみならず社会的にも大きな課題となっている。
高齢者の転倒予防については、低負荷のレジスタンス運動やバランス運動、転倒リスクの評価などの取り組みが効果的であると報告されている。研究グループは過去に、「いきいき百歳体操」と呼ばれる地域密着型の介護予防のための運動プログラムに長期間参加することが、下肢筋力の低下を改善し、加齢に伴う歩行速度や身体機能の低下を遅らせることを報告している。
体操教室参加の高齢者2,397人の経時的データを解析、転倒リスク関連因子を明らかに
今回研究グループは、兵庫県洲本市の「いきいき百歳体操」に参加し、体力測定や基本チェックリスト(日常生活動作や運動機能、閉じこもり、口腔機能、認知機能、うつなどに関するアンケート)に回答した地域在住高齢者のデータベースを用い、転倒リスクを評価するための計算式と高齢者自身でも入力しやすい転倒確率評価ツールを開発した(特許出願中:特願2023-125764)。
データは、2010年4月~2019年12月に体力測定を1回以上受けた地域在住高齢者2,397人の経時的データ(7,726回)で、洲本市と兵庫県立大学との委託契約により分析した。初回データ(平均年齢74.2歳)の参加者の転倒の発生率は18.9%だった。
転倒を経験した参加者の過去の体力測定やアンケート結果を解析すると、「開眼片足立ち時間(秒)が短い」「椅子から手を使わずに立ち上がれない」「昨年と比べて、健康状態があまりよくない」「過去1年間に転倒したことがある」「運動プログラムへの参加が5年未満である」「今日が何月何日かわからないときがある」「お茶や汁物等でむせることがある」という項目が転倒のリスクにつながることがわかった。過去の転倒歴や開眼片足立ち時間が短いことは以前よりリスクとして報告されていたが、今回の解析で、認知機能や口腔機能の低下も転倒リスクを高めていたことがわかった。運動プログラムの効果も短期間ではあまり効果はなく、継続的に参加することが重要であることが示された。
転倒確率評価ツール開発、高リスクと評価できる確率を統計学的に示す
そして、研究グループはこれらのデータを元に、1年以内に転倒する確率を推定する転倒確率評価ツール「CaRF」を開発した。このツールを用いた評価で1年以内に転倒する確率が22%以上になるとリスクが高いと評価できることを統計学的に示した。
転倒確率評価ツールの活用による医療費や介護費の抑制に期待
WHOコラボレーティングセンターと国際共同研究グループは、40歳以上を対象に骨粗鬆症による骨折が10年以内に発生する確率を計算する「FRAX」(fracture risk assessment tool)というツールを開発している。これは脆弱性骨折の発生を予測するツールで、個々の患者のリスクを推定することが可能となり、骨粗鬆症に対する治療開始時期や治療効果判定に広く用いられている。
今回、研究グループが開発した転倒確率評価ツールも、転倒リスクを有する地域在住高齢者のスクリーニングにおいて医療従事者に有益な情報を提供し、予防およびフォローアップケアを計画する際の支援になると考えられる。
高齢者の転倒を予防することは、健康寿命を延ばすことだけでなく、医療費や介護費を抑制することにもつながるため、自治体で広く活用されることが期待される。また、自治体や企業には、転倒予防のための啓発ツールとしての活用も考えられる。「転倒の発生には、個人の要因だけでなく、広く環境の要因も影響する。今回開発した転倒確率評価ツールをさまざまな集団に使っていただき評価することで、今後、環境面のリスク評価についても注目していきたい」と、研究グループは述べている。
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・兵庫県立大学 プレスリリース