3割で治療標的となる変異が不明の肺腺がん、ゲノム構造異常に着目
国立がん研究センターは7月2日、治療標的となる遺伝子変異が見つからないため分子標的治療を行えない肺腺がん患者での有効な治療法を見つけるため、全ゲノムシークエンスを用いた新たな解析手法を開発したと発表した。この研究は、同センター研究所医療AI研究開発分野の金子修三ユニット長、浜本隆二分野長、中央病院、理化学研究所らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Cancer」にオンライン掲載されている。
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肺腺がんでは、EGFR、KRAS、ALKといった遺伝子の変異がよく見られる。これらはドライバー変異と呼ばれ、検査で遺伝子変異が見つかった場合は、その遺伝子変異を治療標的とした分子標的治療が選択される。しかし、肺腺がんの約30%では有効な治療薬の標的となる変異が確認されていなかった。このような臨床的に有効な遺伝子異常を持たない肺腺がんは、ドライバー遺伝子変異/転座陰性症例とも呼ばれ、肺腺がんのサブタイプを指す。分子標的治療薬での治療ができないため、新たな治療標的の検出方法や個別化医療の展開が求められている。
一方で、全ゲノムシークエンス技術の進歩により、新規の肺がん関連遺伝子変異や複雑なゲノム構造異常の調査が可能になった。ゲノム構造異常は、コピー数変異(CNA)を引き起こし、遺伝子融合を生成し、ゲノム構造の破壊を通じて遺伝子発現を乱すなど、重要な事象として浮上している。そのため、遺伝子変異や構造変異を網羅的に解析することができる全ゲノムシークエンスに基づいた構造異常の役割を特定することが求められていた。
HER2やEGFRなどで、スーパーエンハンサーとゲノム構造異常が重複
治療標的が確認されていない肺腺がん174例のサンプルを用いて、H3K27Acと呼ばれるヒストン修飾に着目したクロマチン免疫沈降シークエンス(ChIP-seq)解析を行うことでスーパーエンハンサー領域を同定し、全ゲノムシークエンスとの統合解析を行った。スーパーエンハンサーは、通常のエンハンサーに比べて強力な転写活性を持つDNA領域で、遺伝子発現の調節において重要な役割を果たし、特に発がん遺伝子や細胞の分化に関与する遺伝子の発現に強く関与している。
この研究では、スーパーエンハンサーとゲノム構造異常との相互作用が遺伝子発現の調節にどのように関与しているかを解析した。その結果、これらの要素が共存しているゲノム領域は限られており、全体の約1%に過ぎなかったが、ドライバー遺伝子変異/転座陰性である肺腺がん症例の約40%でそのような領域が観察された。特に、HER2やEGFRといった既知の肺がん関連遺伝子は、スーパーエンハンサーとゲノム構造異常が重複することによって、その発現が増加していることが確認された。また、FRS2、CAV2、FGF3、FGF4、FGF19などの遺伝子も肺がんの原因遺伝子として機能する可能性が示唆された。
特定されたHER2遺伝子領域周辺の染色体逆位を誘導、HER2発現増加を確認
次に、培養細胞におけるCRISPR-Cas9を用いて、全ゲノムシークエンス、Hi-C解析、そしてロングリードシークエンスで特定されたゲノム構造異常の地点であるHER2遺伝子領域周辺で染色体逆位を誘導した。この操作によりHER2の発現が増加することも観察され、これが遺伝子の発現調節におけるゲノム構造変化の重要性を示した。
さらに、スーパーエンハンサー領域と遺伝子発現とのリンク分析から抽出された過剰発現遺伝子を持つ肺腺がんの症例では、これらを持たない肺腺がんの症例と比較して、再発リスクが有意に高まることが示された。これらの結果は、ChIP-seqと全ゲノムシークエンスの統合解析が、肺腺がんの術後を予測する上で臨床的に重要な因子を提供することを示唆している。これらの分析により、特定の遺伝子群が肺腺がんの進行や治療応答にどのように影響を与えるかの理解が深まる。
ヒューマノイドロボットを用いることで再現性高い大規模ChIP-seq解析を実現
今回の研究において、ロボティクス技術を活用したChIP-seq解析を導入した。ChIP-seq解析は煩雑な実験手順を要するため、特に臨床検体を用いた大規模な実施が困難だった。この問題を克服するために、ヒューマノイドロボット(ヒト型ロボット)を用いて、人間の手を介さない自動化処理を進め、多検体同時処理を行った。ロボット筐体にはLabDroid「まほろ」を採用し、自動化されたプログラムで柔軟な動きが可能な双腕を備えている。これにより、人間の実験操作をそのまま模倣することができる。このため、あらかじめ定義された動作の組み合わせを使用することで、再現性を持つ大規模な医学研究に使用することができる。
今回の研究により、エピジェネティクスとゲノム構造の関係を解明するための新しい解析手法が確立された。これにより、特にドライバー遺伝子変異/転座陰性である肺腺がん症例における新しい治療標的の発見が期待される。また、ロボティクス技術を活用した自動化プロセスにより、大規模かつ高精度なデータ取得が可能となり、今後の個別化医療の進展に寄与することが期待される。「これらの成果は、がん治療の新しいアプローチを提供し、患者の予後改善につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース