水素ガス吸入、セボフルランによる脳神経細胞アポトーシスをどのように軽減?
東京都健康長寿医療センターは6月19日、新生仔マウスを対象にした研究で、水素ガス吸入が麻酔薬セボフルランによる神経細胞死を抑制し、この作用はタンパク質リン酸化の制御と関連していることを発見したと発表した。この研究は、同研究所の池谷真澄研究員、大澤郁朗研究副部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Neurochemistry」に掲載されている。
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水素ガス吸入は、脳梗塞や心停止による脳障害を抑制する。水素分子には、抗酸化作用と抗炎症作用があることが多くの疾患モデル研究や臨床研究で示されてきた。一方、なぜそのような作用があるのか、メカニズムについてはまだ解明されていない。手術中の全身麻酔薬として広く使われているセボフルランは、げっ歯類新生仔の脳において短時間で神経細胞のアポトーシスによる細胞死を引き起こすことが知られており、発達中の脳における神経毒性が懸念されている。水素ガスの吸入は、この脳障害を抑制することが報告されている。そこで、今回の研究では、水素ガス吸入がセボフルランによる脳神経細胞のアポトーシスをどのように軽減するのか、その作用メカニズムを明らかにすることを目的として、マウス新生仔脳内で起こる短時間の変化を解析した。
c-Junシグナル抑制でアポトーシス抑制、水素濃度1〜8%が効果的
今回の研究では、新生仔マウスにセボフルランを3時間投与すると同時に水素ガスを吸入させた。その結果、セボフルラン投与は脳梁膨大部皮質の幼弱な神経前駆細胞でアポトーシスを引き起こしたが、水素ガスの吸入はこれを著しく抑制した。特に、水素濃度が1〜8%の時に最も効果的だった。また、アポトーシスを引き起こすc-Junシグナルがセボフルランによって誘導されるが、水素ガスの吸入によって抑制されていた。
タンパク質リン酸化制御による酸化ストレス抑制も
水素ガス吸入は、セボフルランによって誘導される脳内の脂質過酸化と酸化的DNA損傷を指標とする酸化ストレスの増加を顕著に抑制した。
また、リン酸化プロテオーム解析から、セボフルラン投与によって、神経発生やシナプスのシグナル伝達に関与するタンパク質でリン酸化の度合いが大きく変動していた。水素ガスを吸入すると、さらに微小管関連タンパク質ファミリーのリン酸化が促進されており、こうしたリン酸化の制御が酸化ストレスを抑制しているものと考えられる。
手術中の新生児脳保護の新たな治療戦略として期待
今回の研究により、水素分子には抗酸化作用と抗炎症作用があり、その作用メカニズムにはタンパク質リン酸化の制御があることが明らかになった。水素分子は水素ガスの吸入と水素水の飲用によるさまざまな疾患での病態改善効果が報告され、健康長寿に向けた効果的ツールとして世界的に研究が進められている。作用メカニズムの解明はこれらの医学的応用研究を促進するための重要な基礎的知見だ。また、同研究では、至適濃度の水素ガス吸入が、麻酔による毒性からの幼若神経の保護に有効であることを示した。水素ガス吸入は手術中の新生児の脳を保護するための新たな治療戦略として期待される、と研究グループは述べている。
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