若年でのフォローアップ必要なIBMFS、NGSでも半数以上が原因遺伝子未同定
名古屋大学は6月11日、遺伝性骨髄不全症候群(Inherited bone marrow failure syndrome:IBMFS)に対する高深度プロテオーム解析を行い、シュワッハマン・ダイアモンド症候群(Shwachman-Diamondsyndrome:SDS)やADH5/ALDH2欠損症に対して、タンパク質発現に基づいた迅速かつ簡便なスクリーニングシステムを構築することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科小児科学の高橋義行教授、村松秀城講師、若松学助教、かずさDNA研究所の小原收副所長、川島祐介応用プロテオミクスグループ長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Leukemia」電子版に掲載されている。
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IBMFSは、先天的な遺伝子変異が原因で、貧血、血小板減少、顆粒球減少などの正常な血液細胞を造ることができない病気である。この病気には、SDS、ADH5/ALDH2欠損症のほか、ファンコニ貧血(Fanconi anemia:FA)、ダイアモンド・ブラックファン貧血(Diamond-Blackfan anemia:DBA)、先天性角化不全症(Dyskeratosis congenita:DC)などがある。日本では、年間10例程度が新しく診断される極めてまれな病気だが、さまざまな合併症や若年で悪性腫瘍を発症する場合があり、適切な治療とフォローアップを提供する必要がある。これまで、次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析(NGS)が、IBMFSの診断に役立つことが報告されている。しかし、いまだIBMFS患者の半数以上がNGSによる遺伝子解析のみでは原因遺伝子を同定することができず、NGS解析以外の新たな診断検査システムの構築が望まれていた。
若年成人MDS患者の約4%は小児期に見逃されたSDSが背景
SDSは、常染色体潜性遺伝形式をとる代表的なIBMFSであり、膵外分泌異常、血球減少、骨格異常を認める。全体の15〜30%のSDS患者が、骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)へ進展する。若年成人(18〜40歳)MDS患者のうち、約4%は小児期に見逃されたSDSを背景に発症しており、非常に治療成績が悪いことが報告されている。
ADH5/ALDH2欠損症は、ADH5とALDH2遺伝子の2つの遺伝子変異が原因で、内因性ホルムアルデヒドの分解が進まず、低身長、精神遅滞、汎血球減少、MDSなどのFA患者と類似する症状を認める。このALDH2遺伝子変異は、東アジア人の4人に1人が持っている一塩基多型のために、アジア諸国ではADH5/ALDH2欠損症の罹患率が高いことが予測されており、日本でもIBMFSを疑う患者にはこの病気を鑑別する必要がある。
新規診断検査システム構築目指し高深度プロテオーム解析実施
近年のタンパク質測定系における飛躍的な技術革新により、最新の質量分析器を用いた高深度プロテオーム解析では、キナーゼや転写因子など、従来検出が難しいとされていた微量なタンパク質も対象に含めて約1万種類のタンパク質の網羅的な同定と定量を行うことができるようになった。研究グループは、IBMFS患者に対して高深度プロテオーム解析を実施し、それぞれのIBMFSに特徴的な生物学的な性質を明らかにし、病気のマーカーとなるタンパク質を利用した新たな診断検査システムの構築を目指した。
臨床的に診断された60人の患者、高深度プロテオーム/遺伝子解析を実施
探索コホートとして、臨床的にIBMFSと診断された患者60例を解析した。探索コホートの全例に、IBMFSに関連したターゲット遺伝子解析と高深度プロテオーム解析を実施した。高深度プロテオーム解析は、研究開始時点で最新の質量分析計(Q-Exactive HF-X)を用いて、タンパク質の同定と定量を行った。
ターゲット遺伝子解析の結果、遺伝学的にIBMFSと確定診断された患者38例、SBDS遺伝子に片アリルのみ病的変異を認める患者10例、IBMFSに関連した遺伝子変異を認めない患者12例を同定した。SBDS遺伝子に片アリルのみ病的変異を認める患者10例中2例が、高深度プロテオーム解析でSBDSタンパク質の有意な発現低下を示し、2例ともRNAシーケンスのリード配列から複合ヘテロ接合性にSBDS遺伝子の病的変異が検出され、最終的にSDSと診断した。
プロテオームデータ、解析で疾患病態に一致した8クラスターに分類されると判明
探索コホートに健常コントロール14例を合わせた74検体のプロテオーム解析データで、教師なしクラスタリング解析を行った結果、8つの独立したプロテオームクラスター(C1~C8)に分類されることがわかった。DBAはC1クラスター、SDSはC2とC8クラスター、FAはC3とC4クラスター、ADH5/ALDH2欠損症はC6クラスター、DCはC7クラスターにそれぞれ濃縮された。特にC1やC2クラスターで、リボソームに関連するタンパク質の有意な発現低下を認め、リボソームの機能不全が原因で発症するDBAやSDSの病態に一致した結果だった。
標的プロテオーム解析、ADH5/ALDH2欠損症とSDSを高精度に診断できる可能性
それぞれのIBMFSで有意に発現差を認めるタンパク質に注目した。探索コホートで、IBMFS患者60例中6例に、SBDSタンパク質の有意な発現低下を認めた。同様に、ADH5/ALDH2欠損症の患者4例は、ADH5タンパク質発現の有意な低下を認め、両者は遺伝学的診断と一致し、臨床的に有用なマーカーと考えられた。
そこで、IBMFSに対する迅速かつ簡便なスクリーニングシステムを臨床現場で応用するために、ADH5とSBDSタンパク質を検出する小パネルを作製し、標的プロテオーム解析を実施した。当時最新の質量分析計(Orbitrap Exploris 480)を用いて、IBMFS関連の血液腫瘍患者390例と健常コントロール27例を含む417サンプルの拡大コホートに対して、それぞれのタンパク質発現を評価した。結果、SDS患者サンプルではSBDSタンパク質が、ADH5/ALDH2欠損症の患者サンプルではADH5タンパク質が特異的に発現低下していることが確認された。各疾患に対する診断検査の感度および特異度は、SDSで85.7%および93.4%、ADH5/ALDH2欠損症100.0%および97.5%と計算され、早期の診断および治療介入が必要な患者を同定するために、十分な性能を有する診断検査法と考えられた。
従来の遺伝学的検査を補完し、正確なIBMFSの診断もたらすと期待
今回の研究では、世界で初めてIBMFSに対する高深度プロテオーム解析を行い、臨床診断に応用できるシステムの構築に成功した。IBMFSの診断に、NGS解析が有用であることは以前から示されていたが、いまだ半数以上のIBMFS患者で原因遺伝子が同定されていない。さらに、小児期に見逃がされて適切なフォローアップを受けられず、若年成人期に悪性腫瘍が発症した後に診断される場合もある。
この研究で開発したプロテオーム解析に基づく診断検査法は、IBMFSの正確な診断をもたらし、従来の遺伝学的検査を補完する臨床検査となる可能性がある。「将来的には、造血不全を呈した小児患者や、若年成人で発症するMDS/AML患者に対するスクリーニング検査として、臨床現場で活用されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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