動脈硬化の病態研究、培養細胞での解析系確立は共培養などに課題が残る
千葉大学は6月11日、ヒトiPS細胞から誘導したマクロファージ、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞を用いて、試験管内で動脈硬化を模倣するモデルを確立し、ウェルナー症候群(WS)患者由来細胞と健常者由来細胞を比較したところ、WS患者由来マクロファージにおいて、炎症性マクロファージの特徴が強まることが動脈硬化の原因となる血管炎症を誘導することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院イノベーション再生医学の髙山直也准教授、Sudip Kumar Paul特任研究員、江藤浩之教授(兼 京都大学iPS細胞研究所教授)、内分泌代謝・血液・老年内科学の横手幸太郎教授(現 千葉大学長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。
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動脈硬化は、心筋梗塞や脳梗塞などの致命的な虚血性疾患の主要な原因で、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、間葉系幹細胞およびマクロファージなどの免疫細胞が相互作用して発症することが明らかになっている。先行研究では、主に生体内での細胞間相互作用を観察する優れた解析系であるApoE-/-マウスなどのモデル動物を用いた病態研究が中心に進められてきた。他方、詳細な病態解析のためには、試験管内での培養細胞を用いた解析系の確立も重要であり、モデル動物での解析だけでは創薬のための大規模な薬剤スクリーニングが困難である。動脈硬化の発症メカニズム研究では、遺伝的背景を揃えた複数細胞の初代培養、さらに共培養の実現化が達成できず、動脈硬化研究の基本プラットフォームが更新されていない状況が続いている。
WS患者の動脈硬化、原因遺伝子ノックアウトマウスでは再現できない
また、常染色体劣性遺伝疾患の一つであるWSは、主に早期老化やさまざまな老化関連疾患を特徴とする。WRN遺伝子の変異によって引き起こされ、細胞の老化が加速される。思春期を過ぎた頃から加速した老化現象を示し、通常は40代から50代には老化関連疾患に罹患する。WS患者は、早期の動脈硬化関連死が多いことが報告されているにもかかわらず、原因遺伝子であるWRN遺伝子ノックアウトマウスでは患者と同様の顕著な動脈硬化を示さず、WSにおける分子レベルでの動脈硬化発症メカニズムは不明である。そのため、WRN遺伝子変異を持つ細胞での解析系の確立が希求されていた。
iPS細胞からマクロファージ・血管内皮・血管平滑筋細胞を分化させる系確立
まず、研究グループの技術を基盤に、マクロファージ、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞を正常、あるいはWS患者由来iPS細胞から分化させる系を確立した。興味深いことに、WS由来血管内皮細胞、血管平滑筋細胞はそれぞれ単独では、明らかな異常は見られなかった。一方で、WS由来マクロファージでは、細胞増殖能の低下や老化マーカーの上昇、炎症性サイトカイン産生の亢進などの炎症性変化が顕著だった。
WS由来マクロファージと血管内皮細胞の共培養で動脈硬化様の炎症性変化を確認
次に、これらの細胞を共培養することで、動脈硬化の早期の変化である血管細胞の炎症性変化の再現を試みた。マクロファージと血管内皮細胞を共培養すると、細胞接着因子の上昇や、炎症性サイトカインの遺伝子発現上昇などの動脈硬化の際に観察される血管内皮細胞の炎症性変化が、WS由来細胞で顕著に観察された。同様に、マクロファージと血管平滑筋細胞を共培養すると、成熟した血管平滑筋細胞のマーカータンパク質や遺伝子発現が低下していた。以上から、特にマクロファージが、WSにおける動脈硬化促進の主要な原因細胞であることが明らかになった。
WSマクロファージ、レトロトランスポゾン領域のエピゲノム変化で異常に再活性化
さらに、WS由来マクロファージの異常な炎症活性化の原因を明らかにするために、網羅的な遺伝子発現解析やエピゲノム解析を実施した。その結果、WS iPS細胞由来、WS患者末梢血由来のWSマクロファージにおいては、共通してレトロトランスポゾン領域のエピゲノム変化に伴う異常な再活性化が観察された。これにより、細胞内に二重鎖核酸が蓄積し感知された結果、インターフェロンシグナルの異常活性化が誘導されていることが強く示唆された。これら一連の反応の結果、WSマクロファージでは、炎症性の特徴がより強く現れることが病態であると結論づけられた。
インターフェロンシグナル経路など標的の薬剤、WS病態進行遅らせる可能性
今回の研究では、WS患者における動脈硬化の早期発症における分子メカニズムを明らかにした。この結果、レトロトランスポゾンなどの細胞内核酸やインターフェロンシグナル経路を標的にする薬剤が、病態の進行を遅らせる可能性が強く示唆される。「開発された動脈硬化再現細胞モデルは、動脈硬化治療に有効な創薬検索のための有益なプラットフォームになると考えられ、新規の抗動脈硬化薬の開発に向けての貢献が期待される」と、研究グループは述べている。
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・千葉大学 プレスリリース