傷害受けた脳内、新生ニューロンの移動効率がなぜ低いのかは不明
名古屋市立大学は5月24日、生後のマウスの脳内において、新しく生まれた神経細胞(新生ニューロン)が集団で移動する際に、細胞と細胞の間に広い隙間を作りながら高速で移動していることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科脳神経科学研究所の澤本和延教授(生理学研究所兼任)、松本真実(同特任助教)らの研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO Molecular Medicine」に掲載されている。
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現在普及している脳梗塞の血管内治療は、発症早期の患者に限られている。脳梗塞を根本的に治療するには、失われたニューロンを再生させることが必要と考えられるが、そのような治療はいまだ確立されていない。近年、再生医療の技術が発達し、例えば、細胞などを移植する治療技術の臨床応用が期待されている。しかし、これらのアプローチには、侵襲性の高さや治療効果が限局してしまうなどの課題がある。より侵襲性が低く、広範囲な治療効果が得られる治療法が開発されれば、脳の再生医療におけるブレイクスルーにつながると期待される。
神経細胞(ニューロン)を産み出す幹細胞は、胎生期のみならず生後脳の限られた領域にも存在している。正常な脳内において、神経幹細胞から産生された新生ニューロンは鎖状に連なって、脳内を高速移動し、目的地に到達すると成熟し、脳機能の維持に関わっていることが知られている。一方で、脳傷害が生じた際には、一部の新生ニューロンが傷害部へと移動し、失われたニューロンを再生することが報告されているが、新生ニューロンの移動効率は低く、傷害によって失われてしまった脳機能を回復させることはできない。なぜ、正常な脳内を移動する新生ニューロンは高速で移動することができるのか。また、なぜ、傷害脳内を移動する新生ニューロンの移動効率が低いのかは、いまだ明らかにされていない。これらを明らかにすることができれば、傷害脳内を移動する新生ニューロンを効率よく傷害部へ供給することができるかもしれない。
正常な新生ニューロン、PSAによる広い隙間により脳内高速移動が可能に
研究グループはまず、なぜ正常な脳内を移動する新生ニューロンが高速で移動することができるかを調べた。三次元電子顕微鏡による解析により、鎖状に連なっている新生ニューロン同士の間に広い隙間が存在していることが明らかになった。また、この隙間はポリシアル酸(PSA)によって維持されており、これにより、新生ニューロン同士の間に適度な接着状態が維持されていることが明らかとなった。以上の結果から、正常脳内を移動する新生ニューロンはPSAにより適度な隙間を形成することで、脳内を高速に移動することができることがわかった。
傷害脳内でノイラミニダーゼ発現しPSA切断、新生ニューロン同士の細胞接着過剰に
次に、なぜ傷害脳内を移動する新生ニューロンの移動効率が低いのかを調べるために、三次元電子顕微鏡による解析を行ったところ、正常脳内を移動する新生ニューロンに比べ、傷害脳内を移動する新生ニューロンでは隙間が減少し、細胞接着が過剰になっていることが明らかとなった。数理モデルによるシミュレーション解析によって、細胞接着が過剰になることで、ニューロン移動が低下してしまうことが予測された。なぜ傷害脳内を移動する新生ニューロンでは細胞接着が過剰になってしまうのかを調べるために、隙間の維持に関与しているPSAレベルを調べたところ、傷害脳内を移動する新生ニューロンにおいてPSAレベルが減少していることがわかった。さらに、PSAを切断するノイラミニダーゼの発現が脳傷害によって上昇していることが判明した。これらの結果から、傷害脳内を移動する新生ニューロンでは、脳傷害によってPSAを切断するノイラミニダーゼが増加することでPSAレベルが低下し、その結果、過剰な細胞接着が生じることで、ニューロン移動の効率が低下していることが明らかになった。
脳梗塞モデルマウスへのzanamivir投与で、傷害部への新生ニューロン移動促進
最後に、傷害脳において増加したノイラミニダーゼを抑制することで、新生ニューロンの移動を促進し、効率よく傷害部へ新生ニューロンを供給し、脳機能再生に寄与できるかを調べた。ノイラミニダーゼ阻害薬である抗インフルエンザ薬zanamivirを脳梗塞モデルマウスに投与したところ、PSAの減少が抑制され、傷害部への新生ニューロンの移動が促進することが明らかとなった。傷害部に多くの新生ニューロンを供給することにより、成熟するニューロンも増加することがわかった。また、脳梗塞によって低下する歩行機能への影響を調べたところ、阻害剤を投与したマウスでは歩行機能の回復が認められた。さらに、マウスだけではなく、ヒトに近い霊長類傷害脳においても、zanamivir投与により、PSAの減少が抑制され、傷害部への新生ニューロンの移動が促進することがわかった。以上の結果から、脳傷害によって増加してしまうノイラミニダーゼの働きを阻害することで、新生ニューロンの移動促進、ニューロン再生促進、そして脳機能の回復が可能であることが示された。
侵襲性が低く広範囲な効果期待できる治療法として応用できる可能性
今回の研究は、正常な脳内の新生ニューロン移動のメカニズムを解明するとともに、傷害を受けた脳内の新生ニューロン移動効率の低下の原因を突き止めることにつながった。また、明らかにされたメカニズムを応用することで、脳傷害治療の新たな可能性を示した。「今回の研究成果は、いまだ根本的な治療方法が確立されていない脳疾患に対し、侵襲性が低く、広範囲な治療効果が認められる新しい治療法として、応用されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・名古屋市立大学 プレスリリース