異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際の変化は?
がん研究会は5月27日、正常子宮内膜からから子宮内膜がんへ変化する過程で、子宮内膜増殖症(以下、増殖症)のうち、異型なし増殖症と異型あり増殖症への進行に際し、がん化抑制遺伝子PTENの変異と特有なDNAメチル化異常が生じていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同会がんプレシジョン医療研究センター次世代がん研究シーズ育成プロジェクトの森誠一プロジェクトリーダーを中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Pathology」に掲載されている。
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子宮内膜がんの約半数は前がん病変である増殖症を経て発生している。増殖症は細胞の形が正常か、異常(=がん細胞に近い形)かによって、さらに異型なし増殖症と異型あり増殖症の2つに分類される。正常子宮内膜細胞の増殖と分化は女性ホルモンによって調節されている。女性ホルモンには細胞を増殖させるアクセル役のエストロゲンと、細胞増殖を止めて分化に導くブレーキ役のプロゲステロンがあり、双方がバランスをとりながら正常子宮内膜に対して作用することで、細胞がタイミングを合わせて増殖・分化する。増殖症では、プロゲステロンがない、すなわちブレーキが効かない状態で、アクセル役のエストロゲンが子宮内膜細胞に作用し、細胞増殖が促進されている。異型なし増殖症の細胞の形は正常な細胞と同じだが、異型あり増殖症では子宮内膜細胞が正常細胞からがん細胞に近い異常な細胞に変化している。
異型なし増殖症から異型あり増殖症に病気が進行することが、その後の子宮内膜がんへのさらなる変化に向けて重要なステップであると考えられてきたが、その進行をもたらす本態が何であるのかは不明だった。
病変部の遺伝子変異とDNAメチル化状態を精査
そこで研究グループは、異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際の変化を捉えるため、患者から採取した異型なし増殖症と異型あり増殖症の病変部位について、遺伝子変異とDNAメチル化異常を精査した。具体的には、患者から診療に伴って採取し診療に用いた後の残余検体を用いた。30人の増殖症、異型なし増殖症48検体と異型あり増殖症44検体について、次世代シーケンシング解析とDNAメチル化マイクロアレイ解析を実施した。次世代シーケンシング解析では、子宮内膜がんのがん化に関与していることが知られている596遺伝子のタンパク質翻訳領域を、DNAメチル化マイクロアレイ解析では、ゲノム上の86万5,320か所のCpG部位を解析対象としており、それぞれ遺伝子変異とDNAメチル化異常を検出する。
PTEN変異陽性増と特有のDNAメチル化異常を確認
遺伝子変異を調べたところ、異型なし増殖症と異型あり増殖症の間でPTEN変異陽性検体の頻度が急増していることがわかった。その一方、子宮内膜がんのがん化でPTENに続いて重要と考えられている、PIK3CA、KRAS、CTNNB1のいずれかの変異を有する検体は異型なし増殖症から子宮内膜がんに至るまでその頻度に変わりはなかった。この結果はPTEN変異が異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際に決定的な役割を果たしていること、さらにPIK3CA、KRAS、CTNNB1はいずれも決定的な役割を果たしていないことを示している。
異型なし増殖症と異型あり増殖症でDNAメチル化異常に差がある箇所を調べたところ、異型なし増殖症で3,610箇所、異型あり増殖症で2,543箇所の有意な高メチル化部位が見つかった。正常子宮内膜と子宮内膜がんの検体においても同じ方向に変化していることも確認。さらに異型あり増殖症で高メチル化を示すCpG部位はゲノム上で遺伝子発現を調節する領域に偏在していることもわかった。
異型なし増殖症と異型あり増殖症の区別が可能に
上記結果を用いて、異型なし増殖症と異型あり増殖症の異型の有無を弁別するDNAメチル化シグネチャ「異型シグネチャ」を作成した。そのスコアは、研究で最初に取得したデータ(トレーニングデータ)と、それを実証するために新たに取り直したデータ(実証データ)の両方において、異型なし増殖症と異型あり増殖症の検体間で有意な差を示した。弁別能の精度はトレーニングデータで84.9%、実証データで81.3%であり、専門家でも診断が分かれることが多いのと比較して、かなり高い精度と考えられた。
異型あり増殖症への進行時、FOXA2とSOX17が活性化し、HAND2が不活性化
さらに情報解析を行うことで、子宮内膜細胞の増殖や分化に関わるような転写因子の活性が、異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際に大きく変化していることもわかった。具体的には、子宮内膜細胞を増殖させる作用を有するFOXA2やSOX17の働きが活性化し、細胞の増殖を止めて分化させる作用のあるHAND2の働きが不活性化していることがわかった。
増殖症病理診断を補完する新たな検査法開発に期待
これらの結果から、子宮内膜がんの発生の分子機構の一端が見えてきたと言える。研究で同定した転写因子群は、正常子宮内膜細胞ががん細胞に悪性転化する際の鍵となる分子群であることから、それぞれが一つ一つの細胞のゲノム上で、どのような遺伝子の発現を制御するのか、今後もさらに深く研究を進めたい、としている。また、異型なし増殖症と異型あり増殖症の病理診断による区別は難しいといわれていきたが、PTEN変異や異型シグネチャを基に、病理診断を補完するような新たな検査法を開発することが可能となった。「この検査法が確立すれば患者のその後の経過や生活の質を顕著に改善することにつながる。基礎研究と臨床応用の両面での展開が期待される」と、研究グループは述べている。
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・がん研究会 ニュースリリース