SLDで線維化が進展していない状態でも肝がん発症、頻繁に報告
東京大学医学部附属病院は5月23日、脂肪肝デジタル病理画像の深層学習によって、脂肪肝からの肝がん発症リスクを予測する新しいAIモデルを構築したと発表した。この研究は、同院消化器内科の中塚拓馬助教、検査部の佐藤雅哉講師(消化器内科医)、同大大学院医学系研究科消化器内科学の建石良介准教授、藤城光弘教授、東京大学の小池和彦名誉教授らと日本アイ・ビー・エム株式会社コンサルティング事業本部の橋爪夏香氏、鎌田亜美氏、米澤翔氏、壁谷佳典氏の研究グループによるもの。研究成果は、「Hepatology」オンライン版に掲載されている。
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肥満人口の増加を背景として脂肪性肝疾患(SLD:Steatotic liver disease)は世界中で増加の一途を辿っており、近年では成人人口の約3割が脂肪肝を有するともいわれている。脂肪肝の中には、肝炎や肝硬変を経て肝不全や肝がんに至る重症例も存在する。特に、線維化が顕著な脂肪肝では肝がんのリスクが高まることが報告されているが、SLDにおいては線維化が進展していない状態においても肝がんを発症するケースが頻繁に報告されている。多くの患者が適切な管理を受けずに進行した肝がんの診断を受けるため、脂肪肝患者の中から高リスク群を早期に特定し、適切なフォローアップを受けられるよう誘導することが急務だ。しかし、これまでに確立された方法はなく、この課題の解決が強く求められている。
病理画像をAI学習用に処理し予測モデル構築、予想能は従来の標準指標と同等
研究グループは今回、「組織学的に診断された脂肪性肝疾患のレジストリ研究(STEALTH study)」を基に、全国主要9施設から登録された2,432人のSLD症例のデータを用いた。この中には飲酒習慣のない者だけでなく、中等量飲酒者(MetALDに該当)も含まれていた。肝生検後7年以内に肝がんを発症した46人(発がん群)と、7年以上肝がんを発症しなかった639人(非発がん群)を抽出。さらに、AIモデルの学習が施設ごとの染色法や時期に影響されないよう、肝生検を実施した施設と生検した時期をマッチングさせた58例の肝生検標本デジタル病理画像を256×256ピクセルの小さなタイルに分割し、2万8,000枚の画像を生成した。これらの画像を用いて深層学習を行い、肝がん発症リスクを推定するAIモデルを構築した。
開発したAIモデルの肝がん発症予想能について、5分割交差検証法を用いた検証したところ、正解率は82.3%、AUC 0.84であり、従来の標準指標である線維化ステージによる肝がん発症予測能(精度78.2%、AUC 0.81)と同等とわかった。
AIは人の目では見過ごされがちな微細な病理所見も認識して予測
また、今回の研究では近年注目されている説明可能AI(XAI:Explainable AI)技術の一つであるGrad-CAM++を用いて、開発されたAIモデルが病理画像のどの部分に注目しているかを分析した。その結果、このAIモデルは、線維化以外にも細胞異型、核細胞質比の上昇、炎症細胞浸潤を肝がん発症高リスクの病理学的特徴として認識し、また大型脂肪滴の沈着を肝がん発症低リスクの病理学的特徴として認識していることが明らかになった。これら所見はいずれも発がんに関連する病理学的特徴であり、ヒトの目では見過ごされがちな暗黙知をAIが明確化したもの。実際、AIモデルは軽度の線維化症例から発がんした6症例のうち3症例を高リスクと正確に予測していた。
肝がん発症高リスク患者の早期発見、適切なフォローアップに期待
構築したAIモデルにより、肝臓の病理画像からの肝がん発症リスクの高精度な予測が可能となった。同モデルの活用は、肝がん発症高リスク患者の早期発見を通じた適切なフォローアップを可能とし、将来的な肝がん予防と治療成績の向上への貢献が期待される。「研究成果は、慢性肝疾患の肝病理組織から発がん予測を行ったものであり、脂肪肝診療におけるさらなる発展をもたらすブレイクスルーになるだけでなく、他疾患への応用も期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース