手指の錯覚に関して「長さの変形」と「幅の変形」を比較した検証は行われていなかった
名古屋市立大学は5月23日、独自に考案した「からだの錯覚」を使って「長さの変形」と「幅の変形」に対する錯覚の感受性を比較し、「長さの変形」の方がより強い錯覚を生起させることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院芸術工学研究科の小鷹研理准教授、佐藤優太郎氏(博士後期課程)、東北大学電気通信研究所の齋藤五大特任助教の研究グループによるもの。研究成果は、「i-Perception」に掲載されている。
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近年注目を集めるメタバースなどの仮想空間において、体験者は好みのアバターに身を包み、現実を超えた変形に対して開かれている「第二の身体」を自在に操ることが期待される。他方で、心理的に無理のある変形は身体への自己同一性を維持することが困難となり、身体コミュニケーションに基づく親密性・社会性の構築に支障を来たす恐れがある。そのため、身体各部が心理的にどの程度の変形に耐え得るのかを実験科学的に明らかにすることは、非常に重要な課題となる。
漫画やアニメーションの世界では、キャラクターの手足や指が長くなる表現がよく見られる。からだの錯覚の研究においても、2000年以降、少なくない数の手指の身体変形錯覚が報告されており、それらを大別すると「指が長くなる錯覚」と「手全体が巨大化する錯覚」の2つのタイプに分かれる。一方、手指が「横方向に広がる」「太くなる」タイプの錯覚はほとんど報告されていない。このような変形方向の「偏り」は一つの仮説として、ヒトの「空想世界の歪み」を反映していると考えられるが、実際に手指の錯覚に関して「長さの変形」と「幅の変形」とを直接比較して検証する実験は存在しなかった。
相手の指を自分の指だと感じる錯覚が、幅変形条件よりも長さ変形条件で高くなると判明
研究グループはこれまでに、目を閉じて隣接する自分と他人の指を同時に触ることで、自分の指が長くなる感覚を与える独自の錯覚(ダブルタッチ錯覚)を発表してきた。この方法では視覚刺激なしで錯覚誘導できるため、「内的な空想限界」を中立的な条件で検証可能であることに利点がある。今回も、このダブルタッチ錯覚を使った実験を行った。具体的には、自他の指を一直線に並べるレイアウト「長さ変形条件」と、横方向に並置するレイアウト「幅変形条件」とを比較することで、「指の長さ変形」と「指の幅変形」の錯覚感受性を比較した。
その結果、アンケートによる主観評価では相手の指を自分の指と錯覚する感受性が、「幅変形条件」よりも「長さ変形条件」において有意に高くなることが判明した。また、近距離条件(指間距離 3.5cm)では、「長さ変形条件」において68%の被験者が「指が長くなる感覚」をポジティブに感じた一方、「幅変形条件」で「指が広くなった感覚」をポジティブに感じた割合は、長さ変形条件の半分以下(32%)だった。
空想世界ではイメージのしやすさに関するリアリティーの「歪み」が存在すると判明
さらに、錯覚中に感じられている指の先端・根本・左右両端の各位置を、体験者の頭部でリアルタイムに追跡させる行動実験を行ったところ、「長さ変形条件」では錯覚前後で平均して3cm程度の変形距離が観測された一方、「幅変形条件」では2cm程度の変形に留まった。
以上の結果から、指の変形感覚の感受性において、長くなる軸(Distal)と広がる軸(Lateral)との間で、質的な差異が存在することが初めて明らかになった。さらに、身体の自由な変形の場である空想世界において、イメージのしやすさに関してリアリティーの濃淡(歪み)が存在することを強く示された。
視覚世界の手指が長くなるなどの表現が、ヒトの認知世界の歪みを根拠としている可能性
今回の研究結果は、漫画、ゲーム、アニメーションなどの視覚世界で多用される「手指が長くなる」「手指を伸ばす」などの表現が、ヒトの認知世界の歪みを根拠としていることを示唆するものであり、人文科学・芸術領域においても波及性のある知見を与えると言える。
「私たちはこの空想世界の歪みが関節の配列パターンを主因とする仮説を立てており、本実験で見出された歪みが手指のみならず、腕や足の変形錯覚にも同様に適用可能であると考えており、今後さらなる実験を通して本仮説を検証していく。本成果は近未来のメタバース空間において躍動する身体変形可能なアバターの設計において、重要な基礎的知見を提供するものだ」と、研究グループは述べている。
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・名古屋市立大学 プレスリリース