海馬の脳波からSWRを検出し、考えていることとの関係性を検討した研究はなかった
大阪大学は5月22日、マインドワンダリング中に、記憶を定着する時に見られる海馬の活動(sharp wave ripple:SWR)が増加することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の岩田貴光氏(脳神経外科学、博士課程)、高等共創研究院の柳澤琢史教授、同大大学院医学系研究科の貴島晴彦教授(脳神経外科学)、東京大学大学院薬学系研究科 薬品作用学教室の池谷裕二教授、Queen’s大学 心理学部のJonathan Smallwood教授らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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SWRは、海馬と呼ばれる脳の深部にある場所で特徴的にみられる脳波で、睡眠中に多く発生し、記憶の定着に関与していることが示されている。また、動物実験では覚醒中にもSWRが観察され、特に動物が動かないでいるときに多く観測されることが知られている。しかし、動物が動かずにいるときに何を考えているかはわからない。さらに、ヒトが覚醒している時のSWRの発生タイミングや機能については、その大部分が解明されていなかった。
一方、ヒトがぼんやりしていても何かを考えていることがある。例えば、自動車の運転中や会議中などでつい集中力が切れ、いつの間にか関係のないことを考えてしまうことがある。このような状態を「マインドワンダリング」と言うが、マインドワンダリングは、しばしば海馬との関係性が示されていた。しかし、これまでヒトの海馬の脳波からSWRを検出し、考えている内容との関係性について検討した研究はなかった。
てんかん患者10人のSWRを10日間に渡り計測
研究グループは今回、てんかん治療のために海馬に直接電極を留置した10人の患者から約10日間という長期間に渡り、頭蓋内脳波からSWRを検出した。これほど長期間計測した海馬の脳波からSWRを検出した研究は極めてまれだ。その結果、SWRの頻度は夜間に増加し、日中に減少するという日内変動を示し、覚醒中にもSWRに変動があることを示した。
SWRの発生頻度が「思考内容」によって変化することを発見
さらに、マインドワンダリングを含む思考内容と海馬の活動の関係を調べるため、アンケート方式で思考や感情について回答するexperience samplingという方法を定期的に取り入れた。experience samplingを用いてSWRとの関係性を調査するのは世界でも初めてで、脳神経外科、神経科学、心理学の専門家による国際共同研究により実現した。
得られた思考内容の調査結果とSWRを照らし合わせることで、思考内容とSWRの頻度が関連していることを示した。その中でも、特にマインドワンダリングの状態の時に海馬のSWRが増加していることが明らかになった。比較対象として、ウェアラブルデバイスを用いた身体活動のデータでSWRとの関係性を検討したが、思考内容とSWRの関係性の方が強いことが示された。同研究結果は、ヒトの日常生活の中で自然に発生する思考、つまりマインドワンダリングが記憶を形成するSWRに関係していることを初めて示した。
SWR制御が可能になれば記憶障害や認知症の診断・治療に応用できる可能性
今回の研究成果により、SWRを介したマインドワンダリングと記憶機能との関係が明らかになった。また、SWRはてんかん、記憶障害、認知症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、多くの精神神経疾患との関係が示されており、今後、SWRを制御が可能になることでこれらの疾患の診断・治療に応用されることが期待される、と研究グループは述べている。
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・大阪大学大学院医学系研究科 研究成果