レビー小体型認知症者の感情表現を客観的・定量的に評価した研究はなかった
筑波大学は5月17日、AIの深層学習モデルを用いた音読中の発話音声データ分析から、レビー小体型認知症者に固有の感情表現の変化を特定し、認知機能の低下や脳領域の萎縮との関連を見出したことを発表した。この研究は、同大医学医療系の新井哲明教授、IBM Research社の研究グループによるもの。研究成果は、「Alzheimer’s & Dementia: Diagnosis, Assessment & Disease Monitoring」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
レビー小体病は、アルツハイマー病に次いで2番目に多い神経変性性認知症の原因疾患である。他の認知症と比較して、レビー小体型認知症は進行が早い上、平均寿命も短く、認知機能障害とパーキンソン症状(ふるえや動作緩慢などの運動症状)の両方を伴うさまざまな症状により、患者のQOL(生活の質)低下が著しいという特徴がある。しかし、特に早期の段階では、アルツハイマー型認知症(AD)をはじめとする他の疾患と症状の重複も多く、また、鑑別診断を実施可能な施設や専門医が限られていることから、レビー小体型認知症の診断は十分に行われておらず、適切なケアを提供できていないという課題がある。適切なケアの実現のためには、患者のQOLに影響を与え得る変化についての詳細な知見と、疾患の早期発見・早期鑑別を促すための手段の両方が必要だ。
認知症者のQOLに関わる症状の一つとして、感情表現の低下がある。感情表現が低下すると、日常的なコミュニケーションが妨げられ、認知症者のメンタルヘルスにも悪影響を及ぼす。しかし、ADに関しては、感情表現の低下がいくつか報告されている一方、レビー小体型認知症に関しては、臨床的には表情の乏しさや声量の低下といったパーキンソン症状に関連する変化の存在が知られているものの、その感情表現を客観的・定量的に評価し、他の疾患の患者や健常者と比較した研究はなかった。
レビー小体型認知症、AD患者および健常な高齢者の音読データ152例をAIで解析
そこで研究グループは、レビー小体型認知症27例、AD76例および認知機能に障害の無い高齢者(健常群)49例、計152例の参加者から、物語文を音読中の音声データを取得し、音声に含まれる感情表現の程度を定量的に比較した。具体的には、AIの深層学習を用いた感情認識モデルによって、感情分析における代表的な定量指標である感情価および覚醒度を抽出し、また、総合的な表現力の指標としてそれらの変化の程度を定量化した。
レビー小体型認知症で島皮質萎縮と関係した感情表現の減少
解析の結果、アルツハマー型認知症群および健常群と比較し、レビー小体型認知症群では総合的な表現力、感情価、覚醒度がいずれも統計的に有意に低下していることがわかった。これは、感情表現がよりネガティブで、より落ち着いた方向へ偏っており、表現の変化にも乏しいことに対応している。この差は、特にセリフ文やネガティブ・ポジティブな言葉を含む文で顕著になる傾向があった。
また、レビー小体型認知症群における感情表現の減少の程度と運動機能・認知機能・メンタルヘルスに関する臨床指標および脳萎縮との関連を分析したところ、臨床指標の観点では認知機能の低下と、脳萎縮の観点ではレビー小体型認知症者で典型的に萎縮する脳領域の一つである島皮質の萎縮と関連していることが判明した。これらの結果は、レビー小体型認知症ではアルツハイマー型認知症とは異なるメカニズムで感情表現の低下が生じている可能性を示唆している。
識別モデル構築、レビー小体型認知症とADを高性能に識別可
次に、これらの音声感情表現特徴の変化からレビー小体型認知症例を検出・鑑別できるかどうかを調べるため、機械学習を用いた識別モデルを構築した。その結果、レビー小体型認知症例とアルツハイマー型認知症例の識別に関しては、識別性能AUC 0.83、レビー小体型認知症例と健常例の識別に関してはAUC 0.78を達成した。これは、計算や語彙に関する認知タスク中の音声データを利用した識別モデルや血液バイオマーカーによる識別に匹敵する性能であり、同手法が、より日常的な状況下で取得可能なデータを用いてレビー小体型認知症の検出・鑑別を支援するツールとして有効であることを意味している。また、上記の識別性能は、認知症例を(認知症の前段階とされる)軽度認知障害例に限定した場合でもほぼ同等であり、特に早期段階でのレビー小体型認知症の検出・鑑別への応用可能性も示された。
早期発見および早期ケアの一助となることに期待
今回の研究は、レビー小体型認知症者において、認知機能の低下および島皮質の萎縮と関係した感情表現の減少が見られることを示した世界で初めての成果である。「安価かつ簡便に取得可能な音声データおよびAIによる感情表現の自動分析に基づくこの技術は、専門医や施設の限られるレビー小体型認知症に対し、日常的な場面で応用可能な鑑別支援の手段および臨床的・神経病理学的な変化に関する代理指標を提供するとともに、この疾患の早期発見および早期ケアの一助となることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL