発症メカニズム未解明、分娩以外の対処法がない
富山大学は5月17日、ヒトの妊娠高血圧症候群の子宮では、炎症を起こすタイプのCD4+T細胞の一部で活性化を示す遺伝子の発現が上昇、免疫反応を抑え制御性T細胞(Treg)では疲弊して働きが低下することを示す遺伝子発現が認められることを発見したと発表した。この研究は、同大学術研究部医学系産科婦人科学教室の津田さやか助教、中島彰俊教授、齋藤滋学長、東京理科大学研究推進機構生命医科学研究所炎症・免疫難病制御部門の七野成之講師、大阪大谷大学薬学部免疫学講座の戸村道夫教授、女性クリニックWe!TOYAMAの鮫島梓医師、Cincinnati Children’s Hospital のTamara Tilburgs博士らのグループによるもの。研究成果は「Frontiers in Immunology」に掲載されている。
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胎児は、母体にとっては半異物(半分が自分で半分が他人)であるにも関わらず妊娠が維持されている。このシステムを母子免疫寛容と呼ぶが、免疫応答を抑える働きを持つ制御性T細胞(Treg)がこれに重要な役割を果たすことが知られている。一方、母児を感染症から守るため、異物や病原体に対して反応して炎症を引き起こすタイプのT細胞の働きも必要だ。正常な妊娠では、Tregと炎症を起こすタイプのT細胞がうまくバランスをとっている。
妊娠高血圧症候群では、異常な免疫応答によって胎盤に対して拒絶反応が生じることが原因のひとつである可能性が指摘されていたが、詳細なメカニズムはわかっていなかった。妊娠高血圧症候群は、妊娠中に母体が高血圧となり、母体の内臓の障害や、胎児の発育不全を伴うこともある重篤な疾患であるが、病気が発症するメカニズムが未解明であることから、有効な治療法が確立されていない。いったん発症すると分娩以外に有効な治療がない。早産の時期に発症し重症化した場合は、胎児が未熟な状態でも分娩せざるを得ない。そのため、病態の解明と、治療のターゲットになりうる細胞・分子を見つけることが切望されている。
胎盤周囲のCD4+T細胞とTregをシングルセル遺伝子発現解析
T細胞には、炎症を抑えるTregと、炎症を引き起こす・促進するタイプのT細胞(CD8+T細胞、CD4+T細胞)がある。CD4+T細胞は、働き方の違いにより、さらに複数の細胞分画に分けられる。細菌などへの防御に働くTh1、寄生虫やアレルギー物質等への反応に働くTh2、真菌への反応や自己免疫疾患に関与するTh17、免疫応答の記憶を持ち将来の免疫応答に備えて待機するメモリーT細胞などがある。
今回の研究では、胎盤周囲のCD4+T細胞とTregを集め、1つひとつの細胞ごとに免疫応答に関連する200個以上の遺伝子の発現を一度に調べられる新しい手法(シングルセル遺伝子発現解析)で解析した。この技術を使用することにより、免疫細胞の中で比較的割合が少ないものの、重要な働きをするTregなどの細胞集団の性質を明らかにすることが可能となる。
Th1/Th2int細胞・メモリーCD4+T細胞・Tregのアンバランスを確認
その結果、正常妊娠後期に比べ、妊娠高血圧症候群では、Th1とTh2の中間の性質を持つ分画(Th1/Th2int細胞)で活性化を示す遺伝子発現が亢進していることがわかった。また、メモリーCD4+T細胞では、活性化ならびに拒絶反応に関わる遺伝子の発現が亢進していることもわかった。一方、Tregでは、T細胞の疲弊(疲れて機能不全となること)に関わる免疫チェックポイント分子であるPD-1の遺伝子の発現が亢進していた。以上より、妊娠高血圧症候群では、Th1/Th2int細胞・メモリーCD4+T細胞・Tregのバランスが正常妊娠後期と異なっており、これらの細胞分画が治療の標的となり得ることが初めて明らかとなった。
「Th1/Th2int細胞・メモリーCD4+T細胞の活性化の抑制、あるいは、Tregの免疫チェックポイント分子に働きかけ機能を回復させる治療への展開が期待される」と、研究グループは述べている。
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・富山大学 プレスリリース