先天性甲状腺機能低下症、コード領域調べる遺伝子解析では8割が未診断
慶應義塾大学は5月8日、日本人先天性甲状腺機能低下症患者を対象とした研究を行い、15番染色体の非コードゲノム異常が疾患発症に関わることを特定したと発表した。この研究は、同大医学部小児科学教室の鳴海覚志教授、東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム解析部門の田宮元教授、高山順准教授、国立成育医療研究センター周産期病態研究部の中林一彦室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Genetics」にオンライン掲載されている。
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生命の設計図といわれるゲノムDNAは、タンパク質の構造情報が含まれるコード領域と、そうではない非コード領域に大別される。非コード領域(非コードゲノム)はヒトゲノム全体の98%以上を占めるが、機能がほとんどないと考えられてきた。このため、2024年現在、患者診療の一環として行われる遺伝子検査では、非コード領域は調べられていない。
先天性甲状腺機能低下症は、甲状腺の形や機能に生まれつきの異常があり、甲状腺ホルモンの合成量が不足するために低身長や知的障害などが起きる先天性疾患である。全世界で2,000〜3,000出生に1人に見られる、最も高頻度な先天性内分泌疾患として知られている。研究グループは、日本人先天性甲状腺機能低下症患者989人を対象とした遺伝学的研究を行い、うち214人(22%)ではコード領域を調べる標準的な遺伝子解析で診断を確定できたが、約80%が未診断だった。中でも、親子例100人のうち診断を確定できたのはわずか6%だった。
原因不明の8家系に共通する非コードゲノム異常特定、腺腫様甲状腺腫との関連も判明
研究グループはまず、5世代13人の患者からなる原因不明の先天性甲状腺機能低下症の大家系に対して連鎖解析を行い、ゲノム異常が存在する候補領域を15番染色体の約300万塩基対まで絞り込んだ。続いて、この大家系と小規模な原因不明家系(10家系)で候補領域の全ゲノム解析を行い、8家系に共通する非コードゲノム異常を特定した。この異常は患者全体(989人)では14%に観察され、家族歴のある患者に限るとその割合は42%に増加し、さらに親子例では75%に達した。
今回の研究でゲノム異常を持つ患者(通常は小児)の両親を調査した結果、先天性甲状腺機能低下症として治療中である場合(親子例)に加えて、腺腫様甲状腺腫と呼ばれる甲状腺疾患が高頻度に見られることがわかった。このことは、小児期には先天性甲状腺機能低下症であったものの、時間経過とともに腺腫様甲状腺腫へと変化する可能性を示すものである。
発見した非コードゲノム異常による甲状腺疾患、国内頻度は1万2,000人に1人と推測
研究グループはこの非コードゲノム異常が東北メディカル・メガバンク機構のコホート調査参加者(主に東北地方在住の一般住民)3万8,722人のうち3人に認められたことに着目し、凍結保存されていた血液試料を調べたところ、全ての試料でサイログロブリン濃度が高く、腺腫様甲状腺腫あるいはその前状態であると推測された。
以上から、この非コードゲノム異常による甲状腺疾患(先天性甲状腺機能低下症もしくは腺腫様甲状腺腫)の日本における頻度は約1万2,000人に1人と推測され、その頻度から日本だけで約1万人の患者が存在すると想定される。これは非コードゲノム異常によるメンデル遺伝病として最も高頻度なものである。
同様の研究手法、原因不明の遺伝性疾患に応用できる可能性
これまで非コードゲノムはほとんど機能を持たないと考えられてきたが、今回の研究により、先天性疾患と成人疾患の両方において、一般住民でも観察されるほど高頻度な異常が存在することが世界で初めて示された。同様の研究手法を原因不明の遺伝性疾患に応用することで、非コードゲノムが持つ機能の解明が進むことが期待できる。
「今後は、この非コードゲノム異常がどのような分子メカニズムで甲状腺の形状や働きに影響を与えるのか、患者が長期的にどのような臨床経過をたどるか、などの研究を計画している」と、研究グループは述べている。
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