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視覚刺激による脳内血管トレーニング、脳機能拡張につながる可能性-東北大

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2024年05月08日 AM09:20

脳内血管運動による老廃物クリアランスの示唆あり、脳機能に良い影響もある?

東北大学は4月26日、実験動物のマウスを用いて、無垢の頭蓋骨越しに脳内の蛍光を計測する方法、ならびに、脳深部に光ファイバーを留置して蛍光計測する方法を用いて、脳内の血管運動を観察する方法を開発し、左右にゆっくり動く画像を何度も見せると、次第にマウスの全脳の血管が、画像の動きに同調して、拡張・収縮するようになることが明らかになったと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科の佐々木大地大学院生(日本学術振興会特別研究員、研究当時)、今井健大学院生、生駒葉子助教、松井広教授らのグループによるもの。研究成果は、「eLife」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

脳とコンピュータの最大の違いのひとつはエネルギー効率である。ヒトの脳を働かせるには、薄暗い電球を光らせるのに必要な20ワット程度のエネルギーで足りる。一方、最先端の人工知能を搭載するスーパーコンピューターは、数十万ワットの電力を消費する。脳の超省エネのメカニズムを明らかにすることができれば、将来的には、これまでと次元の違う人工知能装置の開発につながる可能性がある。そこで研究グループは、脳内への効率的なエネルギー供給を実現し、脳内の老廃物を効果的に排出する仕組みとして、脳内血管の拡張・収縮運動()に注目した。

脳の最も大切な機能のひとつは学習して記憶する能力である。この能力により、過去の経験を生かし、未来を予測することが可能となる。脳において情報を符号化し、神経回路に可塑的な変化を引き起こすためには、エネルギーが必要だ。そのエネルギーは、主に、酸素とグルコースを素に作られ、これらの生体エネルギー分子は、血液を介して脳に供給される。血液を供給するパイプラインである血管は、自発的に拡張と収縮を数秒単位で繰り返すことがあることが知られており、この現象は血管運動と呼ばれている。このゆっくりとした血管運動は、血管抵抗を減少させることで、効率よく血液を灌流させるために有益だ。また、血管運動により、アミロイドβのような老廃物が排出(クリアランス)されることも示唆されている。こうしたことから、脳内血管運動を促進することは、神経細胞に効率的にエネルギーを供給し、脳に対する有害物質をクリアランスすることにつながり、脳情報処理のクオリティにも影響する可能性が考えられる。

生きたままのマウス脳表血管を蛍光イメージングで観察、自発性の血管運動を確認

研究グループはまず、生きているマウスの頭皮を麻酔下で切開して頭蓋骨を露出し、頭蓋骨のコーティングを行い、その後、数週間以上に渡って、無垢の頭蓋骨越しに脳表を観察可能な手法を開発した。次に、頭蓋骨コーティングした無麻酔のマウスを蛍光マクロズーム実体顕微鏡下に頭部固定して、脳表を伝わる血管を観察した。血管内の血液中に蛍光物質を投与することで血管を可視化し、血管内の蛍光量と血管径を計測したところ、血管径は、自発的に0.05~0.1Hzの低周波数で、時折、拡張・収縮し、また、血管内の蛍光量も同じ周波数で同期して増減することが示された。

マウス頭蓋骨の透明度を高いまま保つことは可能だったが、無垢の頭蓋骨越しの像では、血管壁の位置を正確に計測することは困難だった。そこで、脳血管径の指標として、血管内蛍光量を計測することとした。また、青色~紫外色領域の励起光を脳に照射すると、フラビン等の生体分子から内因性の緑色の自家蛍光が発生する。この内因性自家蛍光は、主に脳実質から発せられるため、血管は、蛍光を発しない「影」として現れる。この自家蛍光量の継時変化を計測すると、血管内蛍光量と同じ周波数であるが、位相が反転した振動が観察された。したがって、自家蛍光の変動を計測することで、血管運動の影イメージングとなることが示された。

水平振動視覚刺激によって誘導される血管運動、刺激を繰り返すと振幅が徐々に増幅

覚醒下のマウスの血管運動を解析したところ、マウスに、低い時間周波数(0.25Hz)で水平方向に振動する縦縞模様を提示すると、視覚刺激の時間周波数に完全に一致した血管運動の振動が観察された。視覚刺激に同調した血管運動は、一次視覚野だけでなく、大脳皮質と小脳の広い表面領域にも誘導された。引き続き、視覚刺激を繰り返し提示すると、視覚刺激の周波数に同調した血管運動の振幅が徐々に増幅した。このように血管運動が可塑的に増幅し、全脳に渡って同調する現象はこれまでに報告はなかった。

水平振動刺激の繰り返しで、HOKR眼球運動学習が進むのと同時に小脳血管運動の振幅増

水平方向に周期的に振動する縦縞模様を提示すると、ヒトやマウスの眼球は、この視覚刺激を不随意に追随することが知られている。このような眼球運動のことを、)と呼ぶ。電車の車窓から外を眺めるヒトの眼を観察すると風景を追う動きが見られるが、これは、眼球運動の不随意反応によるものだ。このような水平振動刺激を繰り返し提示すると、眼球運動の振幅は徐々に増大し、次第に縞模様を視線が正確に捕捉するようになる。HOKR運動の学習には、小脳の片葉(flocculus)領域の神経回路の可塑的変化が必須であることが知られている。

そこで、脳深部にある小脳片葉領域の血管運動を観測するために、光ファイバーを片葉領域付近に刺入し、ファイバーフォトメトリー法を用いて蛍光計測をした。ここでも、内因性の自家蛍光の変動を計測することで、脳血管の影を計測した。水平振動の視覚刺激を提示すると、ファイバーフォトメトリーで計測される内因性の自家蛍光量も、視覚刺激の周波数に同調して変動することが明らかになった。そこで、HOKR眼球運動と小脳片葉領域の血管運動を同時に計測したところ、水平振動刺激を繰り返し提示すると、HOKR眼球運動学習が進むのと同時に、血管運動の振幅が増加することが示された。これらのことから、血管運動の同調による効率的なエネルギー供給は、神経活動と神経回路の再編成に必要なエネルギー要求を満たすのに寄与している可能性が示唆された。

「バソトレ」はアルツハイマー治療等に効果的か、検証が期待される

研究では、周期的に振動する視覚刺激を繰り返すことで、その周波数に脳内血管運動が完全に同調する現象が発見された。このことから、血管運動の振幅の増幅によって、血液灌流が促進され、効率よくエネルギーが供給されることが考えられる。さらに、血管運動同調と並行して、小脳運動学習が亢進することが明らかになった。したがって、血管運動の増強は、メタ可塑性を増大させ、神経細胞同士の効率的なシナプス可塑性を引き起こすための基盤を提供する可能性がある。血管運動やエネルギー分配のされ方次第で、脳神経回路の動作は左右される可能性があり、脳と心のはたらきは、血管といった末梢系のはたらきに支配的な影響を受けていることも考えられた。

また、血管運動の増幅によって、アミロイドβなどの老廃物クリアランスが促進される可能性が考えられる。糖尿病や血管性認知症の患者においては、脳内血管運動は低下していることが知られている。近年、40Hzの感覚刺激が、(AD)治療に有益か否かで論議を呼んでいる。しかし、今回の研究では、40Hzよりはるかに遅い0.25Hzの振動的な視覚刺激が、脳全体の振動的な血管運動を引き起こすために有効であることを示した。さらに、視覚刺激によるバソモーショントレーニング(バソトレ)を繰り返すことで、可塑的な血管運動の同調を効果的に引き起こすことができることが示された。「脳内への電極留置や薬剤投与をしないでも、今回のような完全非侵襲のバソトレによって、学習・記憶等の脳機能拡張ができる可能性が示唆された。認知症の進行の軽減、脳梗塞からリハビリ等に、バソトレが効果を持つかどうかを突き止める研究展開が期待される」と、研究グループは述べている。

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