筋肉量増加に効果的な投与量やスケジュールは?
岡山大学は4月24日、トランスジェンダー男性(出生時の生物学的・身体的な性別は女性で、自らの性自認は男性であるトランスジェンダー当事者、以下、トランス男性)に対する男性ホルモン(テストステロン補充)療法の10年に渡る長期的な身体変化について検討した成果を発表した。この研究は、同大病院泌尿器科の富永悠介助教、小林知子助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Andrology」に掲載されている。
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多くのトランスジェンダーの人々は、持続的な性別の違和感を経験しており、自らの性自認と一致する身体的な変化を求めてホルモン療法を受けている。トランス男性の中には、身体的男性化を誘導するためにテストステロン補充療法を望む人もいる。効果として、月経の停止、筋肉量の増加、声の低音化などがある。世界的にみてもホルモン療法の長期的な安全性と有効性に関する医学的研究が少なく、日本には存在していない。
日本ではトランス男性に対し、一般的に、2~4週間ごとに男性ホルモン製剤であるテストステロンエナント酸を125〜250mg程度筋肉注射する。ただし、テストステロンの投与量や管理のスケジュールは明確に決まっておらず、生物学的男性の正常とされる血中のテストステロン量に近づくようにしてホルモン投与量を調整する。ホルモンの量が多くなり過ぎると、多血症(血液中に赤血球が多くなった状態)や肝臓の機能障害、にきびなどが起こる可能性があり、一方でホルモンの量が少なくなり過ぎると倦怠感や骨粗鬆症などが起こる。また、トランス男性がホルモン療法に期待する主な効果として筋肉量増加や筋力増強がある。ただし、筋肉量を効果的に増加させるためにどのような投与スケジュールを組めば良いかについてはまだ完全に確立されていない。
ホルモン療法を受けた291人を最大10年間追跡
同大病院は全国有数のジェンダーセンターを設置し、岡山県内外から多くのトランスジェンダーが来院し診断や治療を受けている。そこで研究グループは、日本のトランス男性におけるテストステロン補充療法の長期的な効果と安全性を調査し、ホルモン投与量が筋肉量と筋力の増加に与える影響を評価することにした。具体的には、同大病院でこれまでにホルモン療法を受けているトランス男性291人を対象に、治療開始後最大10年間、定期的に体組成(筋肉量、体脂肪率、BMIなど)や血液検査(ヘモグロビン値、ヘマトクリット値、総コレステロール値など)、月経停止の有無などについて調査した。
低用量でも長期的には十分な効果、副作用の頻度は用量による明確な差なし
その結果、筋肉量は1年まで増加し、体脂肪率は逆に減少していることがわかった。1年を過ぎるといずれも緩やかな増加傾向を認めた。また、ホルモン投与量については低用量で治療を行った患者188人(1週間あたり62.5mg以下の量)と高用量で治療を行った患者103人(1週間あたり62.5mgより高用量)で比較したところ、1年以降は同じように10年まで同様な変化を辿っており、低用量の群で効果が劣ってはいなかった。一方、治療開始して1年以内を比較すると、高用量の群で低用量に比べてより大きな筋肉量の増加が見られた。詳しい解析により、治療開始3か月、6か月時点においては、ホルモン投与量が多く、また治療開始時に筋肉量が少ない人ほど筋肉量の増加が多いことがわかった。また、月経停止の割合や副作用(多血症や肝機能障害など)の程度や頻度については、高用量と低用量の場合で明らかな違いはなかった。長期的には低用量で十分な筋肉量増加効果を認め、安全に治療が継続できると示された。短期的な効果を得たい場合には高用量が優れている可能性がある。
適切な治療選択に重要な情報となる研究成果
今回の研究成果は、トランス男性が身体的な自己実現を達成するために選択するホルモン療法の長期的な安全性と効果を証明したことで、トランスジェンダーの健康と福祉に関する理解を深めることに役立つと期待される。「低用量のテストステロン療法が長期的にみれば十分な筋肉発達を促進できることや高用量で早期の効果が期待できることが示されたことで、医療従事者や当事者にとって、適切な治療法を選択する上での重要な情報となると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・岡山大学 プレスリリース