肺高血圧症の病態形成に重要なIL-6シグナルは?
国立循環器病研究センターは4月16日、肺高血圧症(Pulmonary Hypertension:PH)の病態形成において、免疫に関わるT細胞の一種であるヘルパーT細胞におけるインターロイキン-6(Interleukin-6:IL-6)シグナルが、重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター研究所血管生理学部/病院心臓血管内科の中岡良和部長/副院長、稲垣薫克上級研究員、石橋知彦上級研究員、岡澤慎室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要」にオンライン掲載されている。
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PHは、心臓から肺へ血液を送る血管である肺動脈に狭窄や閉塞が生じて肺動脈圧が上昇する疾患で、治療が奏功しないと進行性で心不全に至ることもある、予後不良の厚生労働省の指定難病だ。これまで、発症には遺伝的素因に加え、炎症や感染、薬物・化学物質曝露などが重要と考えられてきた。
研究グループは以前、炎症の誘導において重要な役割を担う炎症性サイトカイン「IL-6」に焦点を当て、低酸素負荷誘発性肺高血圧症(Hypoxia-induced Pulmonary Hypertension:HPH)マウスに対して、IL-6の作用を阻害する抗IL-6受容体抗体を投与すると、HPH病態が抑制されることを報告していた。この中で、IL-6の作用によりCD4陽性ヘルパーT細胞、特にIL-17とIL-21を分泌するTh17細胞が肺に集積して、HPH病態に関わることを示していた。
その後、他の研究グループからIL-6の主要な作用点として肺動脈平滑筋細胞が重要であるとする報告もあった。そこで今回、「PH病態形成に重要なIL-6シグナルの受容細胞を明らかにする」「重症PHラットモデルでのIL-6シグナル阻害が病態抑制に有効かを検討する」ことを目的に研究を行った。
IL-6受容体gp130欠損マウスのみHPH病態が有意に抑制
まず、どの組織/細胞でのIL-6シグナルを受け取ることがPHの病態形成に関与するかを明らかにするため、Cre-loxPシステムを用いて肺動脈を構成する血管内皮細胞や血管平滑筋細胞でIL-6受容体を構成する受容体コンポーネントの一つであるgp130を欠損させたマウスを作製し、HPH病態を検討した。
その結果、gp130を血管内皮細胞で欠損するマウスでは有意な変化はみられなかったが、平滑筋細胞特異的に遺伝子組み換えを誘導することが知られるCreマウスのSMMHC-CreERT2とSM22α-Creを用いてgp130を欠損させたマウスでは相反する結果となり、SM22α-Creを用いてgp130を欠損させたマウスでのみHPH病態が有意に抑制された。
HPH病態形成に、ヘルパーT細胞でのIL-6シグナルが重要と判明
そこで、SM22α-Creが遺伝子組み換えを誘導する細胞系列を明らかにするため、レポーターマウスを作製して解析したところ、血管平滑筋だけでなく、造血幹細胞を含む血球細胞でもCre依存性の遺伝子組み換えが生じていることが明らかになった。また、既存のデータベースから、gp130はT細胞に多く発現することが判明した。そこで、CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)でgp130を欠損するマウスを作製してHPH病態を検討したところ、PH病態は有意に抑制された。
以上より、HPH病態形成においてヘルパーT細胞でのIL-6シグナルが重要であることが明らかとなった。また、平滑筋細胞特異的な遺伝子欠損を誘導する際に汎用されてきたSM22α-Creマウスは、平滑筋細胞のみならず血球細胞でも遺伝子欠損を誘導してしまうことが明らかとなり、実験結果の解釈において慎重に対応する必要があると考えられた。
HPHマウスの病態は、軽症~中等症のレベルであることが知られている。そこで、重症PHモデルにおけるIL-6シグナル阻害がPH病態の抑制に有効であるかを明らかにするため、CRISPR-Cas9の系を用いてIL-6欠損ラットを作製した。重症PHのモデルでは、肺動脈周囲にマクロファージやヘルパーT細胞が集簇して、ヘルパーT細胞の一部ではIL-6シグナルの下流で活性化するSTAT3のリン酸化が生じていることも認められた。
一方、IL-6欠損ラットでは肺血管のリモデリングが抑制され、肺血管周囲の免疫細胞の集簇も顕著に減少していた。さらに、現在臨床で使用されるPH治療薬(肺血管拡張薬)とIL-6阻害の併用効果を検討したところ、代表的なPH治療薬を単独で投与した場合より、IL-6欠損ラットへ投与した場合に有意なPH病態抑制の効果が観察された。以上より、重症PHの治療では既存の肺血管拡張薬とIL-6阻害が相加的に作用する可能性が示唆された。
IL-6の下流因子IL-21にも着目し、IL-21阻害によるPHの新規治療法も研究中
今回の研究成果により、PHの発症や進展にヘルパーT細胞におけるIL-6シグナルが関与していることが明らかにされた。今後の課題として、IL-6がいつどこで産生されるのか、また、IL-6シグナルを受容したヘルパーT細胞がどのようにPH病態形成に関与するかといったメカニズムを明らかにすることが必要と考えられる。現在、研究グループはIL-6の下流因子として、ヘルパーT細胞から産生されるIL-21に着目し、IL-21阻害によるPHの新規治療法開発を日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもとで進めているという。
複数のサイトカインを抑制する治療法が、PHの新しい治療法として有望な可能性
2022年、研究グループは京都大学医学研究科医化学講座・竹内理教授らとの共同研究で、炎症のブレーキとして機能するRNA結合タンパク質であるRegnase-1はIL-6、PDGFをはじめとする複数のサイトカインのmRNAを分解することで肺高血圧症の発症予防に関与することを報告している。Regnase-1を肺胞マクロファージなどで欠損するマウスは重症PHを自然発症することから、複数のサイトカインを介したシグナルがPHの重症化には関与することも予想される。
「今回の研究結果と合わせると、複数のサイトカインの作用を効率良く同時に抑制するような治療法が、PHの新しい治療法として有望な可能性も示唆される。今後、さらに研究を進め、新しいPHの有効な治療法を開発したいと考えている」と、研究グループは述べている。
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・国立循環器病研究センター プレスリリース