市販薬でも起こりうる薬疹、HLAの関係が示唆されるがそのメカニズムは未解明
千葉大学は4月15日、独自に作出したヒト白血球抗原(HLA)の導入マウスを用いて、特定の人において薬物による副作用が皮膚で生じやすい仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の青木重樹講師、伊藤晃成教授、大学院博士後期課程4年(研究当時)の風岡顯良氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS Nexus」に掲載されている。
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薬物による副作用の中で特に報告の多いものが、発赤、水疱、かゆみなど皮膚で広範に生じる薬疹である。重篤な薬疹には、スティーヴンス・ジョンソン症候群や中毒性表皮壊死症があり、死亡率も決して低くない。市販の風邪薬によっても起こることがあるため、注意しなければならない副作用の一つである。しかし、なぜ生じるのかといったメカニズムや、皮膚組織で副作用が起こりやすい理由は明らかになっていなかった。
これまでのゲノム解析から、いくつかの薬物による薬疹の発症には、HLAが関係することが示唆されていた。HLAはT細胞に抗原を提示する分子であり、免疫の活性化を制御する重要な役割を担っている。HLAが関係した薬物による副作用は、HLAと薬物の相互作用が起因となって、免疫の活性化に至るという仮説が考えられている。そこで、研究グループは、HLAの導入マウスを作製して、HLA依存的に生じる副作用の再現を行ってきた。しかしこれまでの研究から、マウスにおいても人と同様に皮膚組織で強い免疫の活性化が起きていることはわかっていたが、詳細なメカニズムは不明なままだった。
薬物曝露したケラチノサイト、導入したHLA依存的にサイトカイン/ケモカインの発現上昇
皮膚組織の中で、全身を覆っている表皮の大部分は、ケラチノサイトと呼ばれる細胞で構成されている。まず、研究グループは、HLAを導入したマウスからケラチノサイトを採取し、薬物を曝露する実験を行った。HLAのサブタイプの一つであるHLA-B*57:01と、それによる副作用が報告されているHIV治療薬であるアバカビルの組み合わせに着目して検討した結果、HLA依存的にサイトカインやケモカインの発現が上昇することを発見した。これらの現象は、ケラチノサイト以外の細胞では起こらず、ケラチノサイトに特異性が高く生じていると考えられる。この実験では、T細胞などの免疫を活性化する細胞は一切登場しない。つまり、皮膚に存在するケラチノサイトがHLA依存的に薬物と反応して免疫シグナルを発していることを世界で初めて見出した。
HLA-B*57:01発現ケラチノサイト、アバカビル曝露後数十分で小胞体ストレス発生
次に、ケラチノサイトの細胞内で起きている現象を調べるために、発現遺伝子の網羅的解析を行ったところ、小胞体ストレスと呼ばれる細胞内小器官が関連したストレスが発生していることが判明した。これは、HLA-B*57:01を発現するケラチノサイトにアバカビルを曝露して数十分という短い時間で起こる現象である。さらに、このストレスをケミカルシャペロンの一つである4-フェニル酪酸を用いて緩和させたところ、サイトカインやケモカインの発現上昇が起こらなくなった。
この結果から、小胞体ストレスによりサイトカインやケモカインの発現が誘導されていたと考えられる。また、このケラチノサイトで生じるストレスは、T細胞の運動性も亢進させていたことから、ケラチノサイトを中心に免疫の活性化が誘導されていると考えられる。さらに、HLAの導入マウスに薬物を経口投与して数時間後にも皮膚の表皮部分で強い小胞体ストレスのシグナルが確認されたが、それは他の臓器では起きていなかった。小胞体ストレスを抑制することによって、HLAの導入マウスで生じていた薬疹症状が緩和されたことから、小胞体ストレスが薬疹の発症を決める重要な原因であると考えられる。
薬物結合HLAが小胞体で不良品タンパク質と認識され薬疹発症の原因に
小胞体ストレスは、タンパク質合成過程の不具合で生じた「不良品タンパク質」が蓄積することによって引き起こされる。そこで、研究グループは、アバカビルと結合したHLA-B*57:01は小胞体内で不良品タンパク質と認識されているのではないかと考えた。しかし、HLAは細胞表面上に発現しているタンパク質としてよく知られており、小胞体内(細胞内)のHLAを議論するためには、細胞表面上のHLAと区別する必要がある。よって、ブレフェルジンAと呼ばれるタンパク質の輸送阻害剤を用いて細胞表面上のHLA発現を抑制させ、そこでアバカビルの曝露を行った。その結果、この状態においてもHLA-B*57:01とアバカビルは十分に結合していることを発見し、細胞内、特に小胞体内で既にHLAと薬物は結合することが示唆される。さらに、アバカビルを曝露すると、HLA-B*57:01を発現するケラチノサイトにおいて、不良品タンパク質の生成に起因する細胞内応答も確認することができた。
以上から、ケラチノサイトの小胞体内でHLAと薬物の結合に起因した不良品タンパク質の生成に伴う細胞内応答が、T細胞の皮膚への浸潤を含めた免疫活性化のきっかけとなっており、薬疹発症の原因になっていることが示された。
HLAの新たな免疫的意義を提唱、今後はなぜ皮膚組織で起こるのかを明らかにする予定
今回の研究の結果は、小胞体内のHLAに薬物が結合することを想定することが、薬疹の発症を考える上で重要であることを示している。これまで、HLAを介した免疫応答は、細胞表面上でのT細胞との相互作用の観点から説明されてきた。この研究から、HLA依存的な免疫の活性化は細胞内から既に始まっていることがわかり、HLAの新たな免疫的意義を提唱している。「今後、このような免疫応答がなぜ皮膚組織でのみ起こるのかを明らかにし、重篤な副作用の予防や治療法の開発に向けた研究を進める計画だ」と、研究グループは述べている。
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・千葉大学 プレスリリース