転帰に大きく影響する腫瘍内不均一性、その量的評価は行われてこなかった
国立がん研究センターは4月9日、肺がんにおいて、PD-L1(programmed death ligand 1)タンパク質の腫瘍内不均一性が、肺がんの手術後の再発やがんによる死亡に関連することを発見したと発表した。この研究は、同センター東病院病理・臨床検査科の滝哲郎医員、石井源一郎科長、呼吸器外科レジデントの長崎勇典氏(研究当時)、呼吸器外科の坪井正博科長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of the National Cancer Institute」に掲載されている。
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がんは遺伝子変異の蓄積や周りの環境の影響に伴って、非常に多様で不均一な細胞の集団から構成されており、これを「腫瘍内不均一性」と呼ぶ。腫瘍内不均一性は患者の転帰に大きな影響を与えており、腫瘍内不均一性が大きながんは転移や再発率が高く予後が悪いほか、薬物治療の大きな障壁となっていることが知られている。つまり、腫瘍内不均一性は悪性度の強いがんの重要な特徴であり、がん治療における主要な課題の一つである。
腫瘍内不均一性は、これまでに、がん細胞を用いた実験や、がんの遺伝情報などから量的な評価が行われ、その成り立ちや治療への影響が解析されてきた。病理学の領域においては、組織標本上で実際にがんの形態(かたち)を目で見て、それが多様で不均一であることが古くからよく認識されてきた。しかし、その不均一な程度を量的に評価しようという試みはほとんどなかった。
PD-L1の腫瘍内不均一性に着目、テクスチャ解析を応用し量的評価指標SHIPを開発
研究グループは、肺がん組織におけるPD-L1というタンパク質に着目し、その腫瘍内不均一性の量的な評価を試みた。PD-L1はがんに対する免疫反応に大きく関わり、がん組織上でのその陽性率は肺がんを含む多くのがんで免疫チェックポイント阻害薬による治療の効果を予想する上で重要な指標である。ただし、同一のがん組織内でさえ陽性率のばらつきが見られるため、正確な評価は病理診断において難しい場面もある。研究グループはそれを逆に利用することで、肺がんの病理組織から腫瘍内不均一性を評価する手がかりとした。
まず、他の画像解析分野にて用いられているテクスチャ解析の手法を応用し、がんの腫瘍内不均一性を量的に評価するモデルを作った。腫瘍内不均一性の評価には、手術で切除された非小細胞肺がんの組織のPD-L1に対する免疫染色標本を用いた。具体的には、デジタル化したがん組織の画像を正方形の領域に分割し、隣り合う領域のPD-L1の陽性率の差異を解析した。これにより、一症例ごとにがん組織のPD-L1の腫瘍内不均一性を量的に評価することが可能になった。特に、画像データであることを活かして、それぞれの領域の位置情報を踏まえた指標、すなわち、空間的な腫瘍内不均一性が評価できるようになった。この腫瘍内不均一性の指標をspatial heterogeneity index of PD-L1(SHIP)と名付けた。
SHIPの大きい患者集団、高齢者やがん細胞の血管浸潤が多い
SHIPの値は病期(II期 vs III期)では差がなかった。一方で、組織型の中では扁平上皮がんが、腺がんの中では組織学的グレードの高いがんでSHIPが大きい値を示した。また、免疫染色にてTP53遺伝子の変異が示唆されるがんは大きいSHIPの値を持っていた。
SHIPの値によって、患者集団を2つに分けて解析したところ、SHIPの大きい患者集団ではSHIPの小さい集団よりも高齢者が多く、がん細胞の血管への浸潤が多いことがわかった。
手術後の転帰にもSHIPが関連すると判明
肺がん手術後の患者の転帰の解析では、SHIPの大きい患者集団では小さい患者集団よりも手術後のがんの再発やがんによる死亡が多いことがわかった。扁平上皮がん、腺がんの患者集団でも同様の結果を得た。また、COX回帰分析によって、SHIPの大きい患者集団ががんの再発およびがんによる死亡の独立したリスク因子であることが明らかとなった。さらに、独立した患者集団においてモデルの検証を行ったところ、同様にSHIPの大きい患者集団で予後が悪いことが判明した。
がんの悪性度を評価する新しい尺度、新たな治療戦略につながる可能性
これまで病理学の分野では、がんの悪性度は主に「がんの形態(かたち)が正常からどれだけ離れているか」(上述の組織学的グレード/分化度など)、という観点で評価されてきた。それに対して、今回の研究は、腫瘍内不均一性というこれまでとは異なる切り口からのがん組織を解析し、がんの新たな評価尺度を提示した。これまでの組織学的グレードと併せてがん組織を多角的な視点で評価することで、新たな治療戦略につながる可能性がある。「病理診断の現場でこれを実用化するにはいまだ課題はあるが、デジタル画像を用いた病理診断や研究が進む中で、がん組織の解析の新たなツールとして重要な位置を占める可能性があると期待している」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース