胎児組織の研究利用とヒト脳オルガノイド研究における倫理・規制上の課題は?
広島大学は4月8日、胎児組織から作製された脳オルガノイドをめぐる倫理・規制上の課題を整理し、隣接分野の規制との関係性の中で、国際的に調和した規制を整備していく必要があることを指摘したと発表した。この研究は、同大大学院人間社会科学研究科の澤井努准教授(京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点連携研究者)と、片岡雅知研究員との研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO reports」にオンライン掲載されている。
近年、ヒト脳オルガノイド(ヒト多能性幹細胞から生体外で作られる立体的な脳組織)に関する研究成果が多数報告されている。脳オルガノイドは発生初期の脳を部分的に模倣していることから、発生初期の脳発達の理解促進、また、発生初期に生じる脳関連疾患の原因解明、さらにそれらの脳関連疾患に対する創薬に利用できると期待されている。しかし、生体外で脳オルガノイドを作製する場合、構造上、十分に発育させることができないという課題があった。
2024年1月、胎児の脳組織を用いてヒト脳オルガノイドを作製したとする研究が報告された。この「胎児脳オルガノイド」は、中絶された胎児の脳から得られた組織を培養して作られる。胎児脳オルガノイドは多能性幹細胞から作製されるヒト脳オルガノイドとは異なり、元になった脳部位のさまざまな特徴を保持しており、脳の重要なシグナル分子に反応することがわかっている。さらに、特定の発生段階の脳組織を再現するだけでなく、その性質を保ったまま増やすことができるという特徴を持つ。そのため発生初期段階の脳の理解に強みのあった従来の脳オルガノイドを補完する関係にあり、今後、脳の発達や病気の原因をさらに解明することに役立つと期待されている。
しかし、胎児組織の研究利用とヒト脳オルガノイド研究には、すでにそれぞれ倫理・規制上の課題が指摘されている。胎児脳オルガノイド研究は両者の課題を含むため、従来指摘されてきた課題が複雑化する可能性がある。
胎児脳オルガノイド研究の課題整理で見えた「同意取得」と「14日ルール」の重要性
研究グループは今回、胎児脳オルガノイド研究の倫理・規制上の課題をいち早く整理し、隣接する研究分野との関係性の中で、国際的に調和の取れた規制が必要だと主張した。
ヒト脳オルガノイド研究には細胞提供者から十分な説明のもとで、いかに同意を取得するか、ヒト脳オルガノイドが将来的に意識を持つことはないか、動物に移植した際、その動物にどのような影響があるのかなど、さまざまな倫理的課題が提起されている。これらの課題は胎児脳オルガノイド研究にも同様に当てはまり、一部の課題はより複雑化すると予想される。特に同意取得に関して、細胞提供者は作製された脳オルガノイドに個人的なつながりを感じやすいという調査があり、胎児組織の提供者はこのような感情をより強く抱えることが予想される。従来、胎児組織研究において同意取得の重要性が指摘されてきたが、胎児脳オルガノイド研究においてはさらに丁寧な同意取得が求められる。
また、胎児脳オルガノイド研究は、ヒト胚研究の規制を再考する契機となる可能性がある。今回問題になっている研究では、妊娠12~15週目の胎児の脳組織から脳オルガノイドが作製された。他方、ヒト胚を培養する研究には、受精後14日以上体外で培養してはならないとする現行の国際ルール(14日ルール)があり、これを遵守するならば、受精後12~15週まで胚・胎児を体外で培養することはできない。現在、一部で14日ルールを再考するかどうかが争点になっているが、脳組織が十分に発達していないという理由のみに注目し、胎児脳オルガノイドの作製が認められる場合、同様の理由がヒト胚の体外での培養にも適用され、認められる可能性がある。
海外の胎児組織研究における法規制に注目し、齟齬を指摘
現在、胎児組織研究の規制のあり方については、国際的な合意が得られていない。今回、米国・英国・日本・オランダ・ドイツ・イスラエルの胎児組織研究の法規制に注目し、そのような研究の規制上の齟齬を指摘した。胎児脳オルガノイド研究をさらに進めるうえでは、国際的な規制、またそれに向けた社会的議論が求められる。
胎児脳オルガノイド研究は、その有用性から今後もさらに発展する可能性がある。倫理的な課題を抱えるこのような研究を責任ある形で進めていくためには、ヒト脳オルガノイド研究、ヒト胚研究、胎児組織研究に関して、国際的に調和の取れた規制を整備する必要がある。
「胎児脳オルガノイド研究を含め、隣接する分野の倫理・規制上の課題にいち早く取り組むことで、研究を支える倫理・規制の枠組みを確立することを目指す」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果