インスリン受容体信号経路の制御機構の解明、肥満の新規治療開発に重要
北海道大学は3月13日、アダプター分子であるSTAP-2が、インスリンの働きに作用し、脂肪細胞分化と高脂肪食による体重増加に関与することを見出したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の松田正教授、京都薬科大学の関根勇一講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
生活習慣病の一つである肥満は、糖尿病(インスリン抵抗性糖尿病)、高血圧、脂質異常症など、多くの生活習慣病の原因となっている。日本の糖尿病有病者数は約1000万人と推計されているが、特にインスリン抵抗性糖尿病の患者数は、増加の一途をたどっており、肥満の予防・解消は喫緊の課題となっている。そのため、インスリン受容体信号経路の制御機構の解明による、新規の治療戦略開発が期待されている。
リン酸化酵素制御のSTAP-2に着目、インスリンシグナルや脂肪細胞分化との関連を検討
インスリンは細胞膜上のインスリン受容体と結合し、多様な生理活性を発現する。肝臓ではグリコーゲン合成の亢進や分解の抑制、筋肉ではブドウ糖の取り込みおよびグリコーゲン合成の亢進作用、脂肪細胞ではブドウ糖の取り込みの亢進と脂肪分解の抑制作用を示し、血糖値の低下をもたらす一方、脂肪細胞の脂肪関連遺伝子の発現調節や細胞増殖、分化促進を誘導する。インスリンはインスリン受容体に結合して、そのチロシンキナーゼを活性化し、IRS(insulin receptor substrate)などの基質タンパク質をリン酸化する。これらの基質タンパク質を足場に、代謝作用に関与するPI(phosphatidy-linositol)-3キナーゼ経路などの信号経路が活性化される。IRSタンパク質と結合し活性化されたPI-3キナーゼは下流のAKT(プロテインキナーゼBとも呼ばれる)キナーゼを活性化し、AKTキナーゼは細胞内に存在するグルコース輸送体タンパク質GLUT4を含む小胞に作用し、小胞の細胞膜への移行を促進する。
その結果、細胞膜上のGLUT4が増加し、ブドウ糖の細胞内取り込みが促進される。また、インスリン受容体に結合するCbl(Casitas B-lineage lymphoma)とその結合タンパク質CAP(Cbl-associatedprotein)を介したGLUT4小胞の細胞膜への移行促進信号伝達経路の存在も知られている。
研究グループは細胞内信号伝達において、リン酸化酵素を始めとする酵素群や転写因子の活性化を制御するアダプター分子の一つである、Signal-transducing adaptor protein-2(STAP-2)タンパク質の働きについて研究してきた。今回、STAP-2が糖尿病発症につながるインスリン受容体信号伝達経路やインスリンによる脂肪細胞分化においてどのように働くかを検討した。
STAP-2のインスリン作用に及ぼす影響を細胞やマウスを用いて評価
酵母ツーハイブリッド法により新規STAP-2結合タンパク質としてCAPを同定した。そこで、STAP-2発現を人工的に操作したヒト胎性腎がん細胞HEK293T(実験によってはGLUT4-Myc-GFPを過剰発現)やマウス線維芽細胞3T3-L1を用いて、STAP-2のインスリン作用に及ぼす影響を解析した。まず、STAP-2とCAPの結合を始め種々のタンパク質―タンパク質相互作用を免疫沈降法により検討した。インスリン刺激後のGLUT4細胞膜移動はフローサイトメトリー法で、細胞内信号伝達はウエスタンブロット法にて検討した。さらに、インスリン刺激による3T3-L1細胞の脂肪細胞分化に及ぼすSTAP-2の影響を以下の手技にて解析した。脂肪分化マーカーであるaP2、CEBPα、PPARγなどのmRNA発現はRT-qPCR法で、脂肪分化確認は脂肪滴をオイルレッドO染色法で評価した。
最後に、生体内でのSTAP-2のインスリン信号伝達と脂肪分化への影響を示すために、野生型およびSTAP2欠損マウスに高脂肪食を給餌し、体重増加量や内臓白色脂肪組織重量、肝臓重量を比較検討した。
GLUT4細胞膜輸送に関わるCAP-CblはSTAP-2存在下で相互作用が増強
ヒト胎性腎がん細胞のHEK293T細胞内やマウス線維芽細胞の3T3-L1細胞内で、STAP-2とCAPは特異的に結合した。CAPはその結合タンパク質であるCblと共にインスリン信号経路において働き、グルコース輸送体GLUT4の細胞膜輸送に関わることが知られている。そのCAPとCblの相互作用はSTAP-2存在下で増強された。細胞膜上に発現するGLUT4は、ブドウ糖の細胞内取り込みを促進する。STAP-2を過剰発現させたヒト肝がん細胞株Hep3Bを用いた実験では、インスリン処理によってGLUT4の細胞膜輸送の増強が観察された。
STAP-2発現はインスリンによる脂肪細胞分化を促進
また、STAP-2発現はインスリン受容体キナーゼ自身には影響しないものの、下流のAKTキナーゼの活性化増強が観察された。脂肪前駆細胞株3T3-L1細胞のインスリン処理での脂肪分化誘導の実験では、STAP-2発現により、脂肪分化マーカーであるaP2、CEBPα、PPARγなどのmRNA発現誘導が増強された。興味深いことに、インスリン処理で3T3-L1細胞分化においてSTAP-2のmRNAも誘導が観察された。また、分化8日後にSTAP-2を発現させた3T3-L1細胞の脂肪滴をオイルレッドO染色法により染色したところ、染色された脂肪滴は、STAP-2を発現させなかったものと比較して、顕著に増加していることが確認された。
STAP-2欠損マウス、体重増加量・内臓白色脂肪組織・肝臓重量の減少を確認
最後に、野生型およびSTAP-2欠損マウスに高脂肪食を給餌し、体重増加量や内臓白色脂肪組織重量、肝臓重量を比較検討した。STAP-2欠損マウスの体重増加量が野生型マウスに比べて減少していること、内臓白色脂肪組織重量や肝臓重量もSTAP-2欠損マウスにおいて減少していることが確認された。
STAP-2、肥満による糖尿病の新規治療標的として有効である可能性
STAP-2が、インスリン受容体信号伝達経路を構成するCAP-Cbl複合体形成の足場タンパク質として脂肪細胞分化に作用することが新たに示された。「肥満による糖尿病にはSTAP-2を標的とした新規治療薬が有効である可能性が示唆されたことから、STAP-2を標的とした新規治療薬の開発が進むことが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース