日本人の血漿中脂質濃度と食習慣との関連は?約4,000人を対象に解析
東北大学は3月7日、東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査の参加者、約4,000人分の血漿中の脂質濃度と食習慣を関連解析したところ、数十種の脂質分子と複数の食習慣との間の相関を発見したと発表した。この研究は、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)生命情報システム科学分野の木下賢吾教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Metabolomics」にオンライン掲載されている。
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今日、さまざまな種類の血液中の脂肪酸が、ヒトの健康に対して異なる影響を与えることが知られている。例えば、高濃度の飽和脂肪酸は心筋梗塞のリスクを高め、オメガ3脂肪酸は予防的に働く。このように、ヒトの健康を語る上で欠かせない脂肪酸は食事の影響を大きく受けることがわかっており、健康に生きるための食生活を提案する上で欠かせない観点だ。
1950年代以降、世界中で実施されてきた集団調査で食事から摂取された脂肪酸の種類によって、健康に与える影響が異なることがわかってきた。脂肪酸は炭素と水素でできた鎖状の構造を持っており、この構造の多様性によってさまざまな種類に分けられる。例えば、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸といった脂肪酸が、高コレステロール血症や冠動脈疾患と関わっていることが示された。他方で、魚介類摂取と関連のあるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサペンタエン酸(DPA)といったオメガ3脂肪酸は、心筋梗塞のリスクを低減させるとして注目を集めてきた。今日ではオメガ3脂肪酸のさまざまな効用が知られるようになり、高脂血漿の治療薬としても用いられている。
近年、その健康効果が注目を集めている脂肪酸に「奇数脂肪酸」がある。2型糖尿病、心血管疾患、心不全などの慢性疾患の発症リスクと奇数脂肪酸の関連が知られるようになり、ヒト初代細胞系を用いて奇数脂肪酸の臨床的な優れた性能が評価されている。さまざまな効果が期待されている奇数脂肪酸だが、アジア地域の個体群調査において、乳製品摂取と奇数脂肪酸との関連は、今のところ指摘されていない。このように、食事と脂質、疾患との関連を調査した個体群調査は、ヒトの健康に欠かすことのできない知見を提供してきた。研究グループは今回、大規模な日本人集団の血中脂質濃度を、近年発達してきたさまざまな種類の脂質を一度に測定できる手法を用いて測定し、食習慣との間の関連解析を実施した。
50歳以下/以上で解析、83個の食品群摂取量と血漿中脂質濃度に相関を確認
研究では2013年より実施されている、ToMMo地域住民コホート参加者のうち、食物摂取頻度調査票(FFQ)によって食習慣が推定できた約4,000人について、血漿中の脂質濃度を測定し、関連解析を実施した。
食習慣情報として、FFQで調査した138の食品・飲料に関するアンケート情報をもとに、15の食品群の1日あたりの平均摂取量を計算した。集計した食品群は「肉類・穀類・豆類・卵類・野菜類・漬物類・果物類・油脂類・魚介類・乳製品・大豆製品・海藻類・菓子類・芋類・きのこ類」。血漿中脂質濃度は、MxP Quant 500 Kit(Biocrates Life Sciences AG)を用いて、9つの脂質サブクラスに渡る439種の脂質種について測定した。さらに、これらの値から年齢・性別・BMIなどの影響を、統計モデルを用いて排除し、1日あたりの食品群摂取量(g/day)と脂質濃度との間の解析を実施した。
解析は、50歳以下と、50歳よりも高齢の2つの年齢グループについて実施し、どちらの年齢群でも有意な相関のうち、他の食品群の影響によって見出されている偽相関の可能性のある相関を排除すると、83個の食品群摂取量と血漿中脂質濃度の相関が見出された。
菓子類から摂取したオメガ6脂肪酸でオメガ3脂肪酸濃度が減、摂取には注意が必要
測定した食品群摂取量と脂質濃度の評価をするため、検出が期待されていた相関を確認した。日本人を含む世界各地の集団において確認されてきた、魚介類摂取とEPA、DPAの相関を確認した結果、同研究で用いた食品群摂取量と脂質濃度は、食事のバイオマーカー検出に用いることができる品質を備えていることが示唆された。これに加え、炭素の鎖の長さが26で、二重結合を1つ含む「C26:1」という脂肪酸が魚介類摂取と相関した。C26:1は魚介類に豊富に含まれる脂肪酸であると考えられ、オメガ3脂肪酸以外の脂肪酸グループにも魚食の影響を見ることができた。
魚介類摂取とは対称的に、菓子類摂取はオメガ3脂肪酸や、オメガ3脂肪酸を含む可能性のある脂質と負に相関し、オメガ6脂肪酸を含む可能性の高い脂質と正に相関した。これらの相関は、魚介類摂取量や、その他の食品群で制御しても有意であることから、菓子類摂取がオメガ3脂肪酸濃度を減らし、オメガ6脂肪酸濃度を上昇させる可能性があることが示された。オメガ6脂肪酸は、オメガ3脂肪酸と体内で拮抗することが知られているため、菓子類から摂取されたオメガ6脂肪酸がオメガ3脂肪酸濃度を減少させた可能性があるという。オメガ3脂肪酸のさまざまな効用を考えると、同結果は菓子類摂取には注意が必要であることを示している。
アジア人の集団解析で、乳製品摂取と奇数脂肪酸の相関が見出されたのは初
乳製品と脂質の相関では、乳製品摂取量と奇数脂肪酸「C17:0」を有する脂質との相関が見出された。アジア地域に居住しているアジア人を対象とした集団解析において、乳製品摂取と奇数脂肪酸の相関が見出されたのは同研究が初となる。
さらなる解析の結果、乳製品摂取由来の奇数脂肪酸の代謝において「スフィンゴミエリン(SM)」という種類の脂質が重要な役割を果たしている可能性が示された。同結果から、SMは奇数脂肪酸の輸送に関わっている可能性があるとしている。
乳製品摂取由来の奇数脂肪酸代謝でスフィンゴ脂質が重要な役割を担っている可能性
今回の研究では、日本人集団の食習慣と血漿中脂質濃度の関連解析が実施された。同成果は、奇数脂肪酸の効用がより一層解明された際に体内の奇数脂肪酸濃度を高める上で、日本人集団においても乳製品摂取が有効であることの証拠になると言える。また、奇数脂肪酸とは別に、同研究結果はオメガ3脂肪酸を減少させ、オメガ6脂肪酸を上昇させる可能性がある菓子類摂取に注意が必要であることを示している。学術的な意義としては、乳製品由来の奇数脂肪酸の吸収において「SM(OH)C14:1」という基準分子を発見したことにあると言える。
「本研究で用いた脂質測定プラットフォームでは、この脂質の詳細な構造やアイソバーの分離は困難だが、乳製品摂取由来の奇数脂肪酸代謝において、スフィンゴ脂質が重要な役割を担っている可能性が示された。このことは、脂肪酸の代謝や輸送系を解明する上で、重要なヒントになると言える」と、研究グループは述べている。
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