悪玉とされてきた活性酸素、小脳で重要な生理機能を担っている?
京都大学は3月6日、身体にとって悪玉とされる「活性酸素」が記憶の形成に必要不可欠であることを発見し、さらに抗酸化物質として運動選手や一般大衆に用いられるビタミンEで活性酸素を除去すると運動記憶が阻害されることも示したと発表した。この研究は、同大薬学研究科の柿澤昌准教授、東京都健康長寿医療センター研究所の遠藤昌吾研究部長、石神昭人副所長、東北大学大学院医学系研究科の赤池孝章教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Redox Biology」にオンライン掲載されている。
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活性酸素は、老化や生活習慣病の原因物質として、その「悪玉作用」がよく知られている。活性酸素は、生体内においてエネルギー酸性の副産物として常に産生されている。常に産生される悪玉活性酸素を除去する抗酸化物質は、抗老化作用を持つ物質としてアスリートや一般大衆に用いられている。
一方で、生体内では、必要な時に必要な場所で産生される、制御された活性酸素が存在する。このような時間的空間的に制御された活性酸素は生体内において重要な生理機能を担うと考えられている。脳にも活性酸素を作る酵素が存在するが、この活性酸素がどのような脳機能に関わるのかは不明だった。脳の中でも、運動の調節に関わる小脳には、活性酸素を作る酵素が比較的多く存在する。そこで研究グループは、酵素由来の制御された活性酸素が、「善玉活性酸素」として小脳の重要な機能である運動記憶形成に関与すると考えた。
ビタミンEを過剰投与したマウス、運動記憶が顕著に阻害された
活性酸素が記憶に関与するのであれば、活性酸素を除去し作用できないようにすることで、記憶が阻害されるはずである。そこでまず、活性酸素を吸収する作用があり、抗酸化物質としても知られるビタミンEを、マウスに通常の2倍量で8週間与え続けた。その結果、過剰にビタミンEを投与したマウスでは、小脳に依存する運動記憶が顕著に阻害された。ビタミンEはエサを通じて投与され、脳以外の部位にも影響が及ぶことが考えられる。そこで次に、活性酸素を消去する酵素をマウスの小脳に注入して、小脳限定的に活性酸素を除去したところ、ビタミンE過剰投与と同様に運動記憶が阻害された。
脳では神経細胞同士はシナプスによって接続されており、シナプスを介して情報を伝える。そして、記憶形成される時には、シナプスにおける情報伝達は増強や減弱(抑圧)される。この様にシナプスでの情報伝達が変化することをシナプス可塑性と呼ぶ。小脳で運動記憶が形成される時には、小脳において「長期抑圧」と呼ばれるシナプス可塑性が必要だが、活性酸素を消去する酵素の投与により長期抑圧が完全に阻害された。これらの結果から、活性酸素が小脳依存性運動学記憶、さらに、運動記憶の神経基盤となるシナプスの可塑的変化に関与することが示された。
活性酸素イメージングにより、シナプス可塑性時に活性酸素が作られることも判明
上の二つの実験では、「運動記憶やシナプスの可塑的変化が起こる時に活性酸素が作られる」と仮定して、活性酸素の分解酵素を注入し、運動学習やシナプス可塑性が阻害されることを示した。そこで、本当に運動学習やシナプス可塑性が起こる時に活性酸素が作られるのかを調べるため、「活性酸素イメージング」を用いて、実際にシナプス可塑性時に活性酸素が作られることを明らかにした。この時に活性酸素を作る酵素の阻害薬を加えておくと、活性酸素の産生は観察されないことから、長期抑圧が起こる時には酵素の働きによって、小脳の神経細胞で活性酸素が作られることが明らかとなった。
活性酸素、8-ニトロ-サイクリックGMP産生により小脳シナプスを長期抑圧に変換
生体内での活性酸素シグナルの寿命は1秒以下であり、また周辺のタンパク質などの生体高分子とも反応するため飛距離も短く、活性酸素は産生後すぐに消えてしまう。一方、シナプスの可塑的変化、例えば小脳のシナプス可塑性は数十分以上続く。一瞬で消える活性酸素が、シナプスの可塑的変化や運動記憶の様に、何十分、何時間も続くためには、長時間作用を持つ分子が必要である。そこで研究グループは、「8-ニトロ-サイクリックGMP」という新しい分子に着目した。この分子の産生には活性酸素が必要であること、そして、8-ニトロ-サイクリックGMPは非常に分解されにくく、長期間にわたって他分子に影響を及ぼす性質を有するからである。つまり、神経活動により産生された短寿命の活性酸素は、この8-ニトロ-サイクリックGMPを介して、長時間持続するシナプスの可塑性そして運動学習へと変換されると考えられる。そこで、今度は8-ニトロ-サイクリックGMPの阻害薬が、運動記憶および小脳シナプスの長期抑圧を阻害することを見出した。
以上の結果から、従来、悪玉因子とされていた活性酸素が、小脳が司る運動記憶に関与することが示された。さらに、短寿命な分子である活性酸素が、8-ニトロ-サイクリックGMPという長寿命分子を介して、運動記憶の様に長時間にわたる脳機能に関与することも示された。これらの発見は、生体内で活性酸素が生理活性物質として働くことを示しており、「活性酸素は悪玉」とする従来の概念を覆す。この結果は、神経科学やレドックス・バイオロジーなどの分野、そして、リハビリテーション学や老化研究などに大きなインパクトを与えるものだ。
過剰な抗酸化物質の摂取が運動記憶を妨害する可能性を示唆
従来、活性酸素は老化や生活習慣病の原因因子として知られ、活性酸素を「除去」することが生体に良い影響を及ぼすと考える人が大多数だった。活性酸素を除去する作用を持つ「抗酸化物質」は、抗老化物質の有力な候補であり、また、運動中には多量の活性酸素が作られることから激しい運動をするアスリートなども積極的に抗酸化物質を摂取している。しかし、過剰な抗酸化物質摂取が、生体に好ましい影響を与えないこともわかってきた。今回の研究により、活性酸素が運動記憶に必要な善玉物質でもあることが示された。このことは、過剰な抗酸化物質摂取は善玉活性酸素を除去して運動記憶を妨害する可能性を意味する。今回の研究でも、抗酸化物質の一種、ビタミンEの過剰投与が運動学習を阻害することを示した。「今後、抗酸化物質の適切な摂取に関する研究や活性酸素―8-ニトロ-サイクリックGMPの研究が進むことで、リハビリにおける運動記憶形成の効率化や各種運動能力の鍛錬方法の開発に役立つとともに、超高齢社会においては運動効率の亢進を通じた健康寿命の延伸や高齢者のQOLの維持・促進に役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。
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