親電子物質メチルビニルケトン、生理機能への影響はほとんど未解析
岡山大学は3月6日、メチルビニルケトン(MVK)が、タンパク質ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)の制御サブユニットのシステイン残基に共有結合することで受容体との結合を阻害することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学術研究院医歯薬学域の上原孝教授、同大大学院医歯薬学総合研究科博士後期課程の森本睦大学院生、理化学研究所環境資源科学研究センター生命分子解析ユニットの堂前直ユニットリーダー、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の安孫子ユミ准教授、九州大学大学院薬学研究院の熊谷嘉人教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の内田浩二教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載されている。
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ヒトが生活する環境中にはさまざまな環境因子が存在し、日常的にそれらに曝露されている。環境因子が及ぼす生体への影響について深く理解するためには、その生理応答メカニズムの解明が必要不可欠だ。しかし、あまりにも膨大な数の環境因子が存在し、かつ、それらが複合的に影響し合っているため、その解析が大きく遅れている。
研究グループは、化学物質の親電子物質に着目し、その影響を解析してきた。MVKは、たばこ煙や排気ガスに多く含まれている親電子物質。MVKは親電子性の高いα,β-不飽和カルボニル基を有していることから、タンパク質中のシステイン(Cys)残基やリジン残基などの求核性を有するアミノ酸と共有結合し、タンパク質付加体を形成することが知られている。しかし、これまで高濃度MVK曝露による細胞毒性評価などの成果しか発表されておらず、その標的タンパク質や付加体形成による生理機能への影響はほとんど解析されていなかった。
MVKはPI3K-p85のCys残基と共有結合、PI3K–Aktシグナルを負に制御し生理機能破綻
研究グループは、細胞増殖やオートファジー、糖代謝などの制御を担い、細胞内の恒常性維持に重要なPI3K–Aktシグナリングに着目し、親電子物質曝露による影響を解析した。
同研究において、MVKはこのシグナリングを負に制御し、オートファジーや糖取り込みなどの重要な生理機能を破綻させることを示した。また、そのメカニズムとして、PI3K制御サブユニット(p85)のCys残基に特異的に共有結合することで、受容体との結合を阻害することが明らかになった。MVKはPI3K酵素活性には影響せず、PI3K p85への付加体形成が、シグナリングの抑制に大きな役割を担うことが示された。
ポテチに含まれるアクロレインなどの構造類似物も、MVKと同等の効果示す
また、MVKと構造が類似している環境化学物質を選定し、同様に評価。その結果、たばこ煙や排気ガスに含まれるクロトンアルデヒド、食品添加物として用いられるエチルビニルケトン、加工食品(ポテトチップス)などに含まれるアクロレインなどが、MVKと同等の効果を示すことがわかった。
たばこ煙・食品添加物など、複合的・累積的な曝露が疾患発症に寄与する可能性
PI3K阻害薬は、がんに対する有用な治療薬として開発が進められている。しかし、既存阻害薬はPI3Kの酵素活性部位に作用し効果を得ることから、強い副作用が懸念されている。一方で、MVKはPI3Kの酵素活性には影響せず、付加体形成により受容体との結合を阻害することで下流シグナリングを減弱する。MVKに類似した阻害様式を持ち、受容体とのカップリングを阻害する創薬が可能であれば、新たな阻害様式を有するPI3K阻害薬の開発が期待される。
また、同研究により、MVKと高い類似性を有するアクロレインやクロトンアルデヒド、エチルビニルケトンなどの環境化学物質もMVKと同様の機能を有する可能性が高いことがわかった。つまり、たばこ煙の曝露だけでなく、食品添加物や加工食品の摂取、農薬成分の曝露など、さまざまな環境因子からの複合的かつ累積的な曝露が糖尿病や成長障害などの疾患発症に寄与する可能性が示された。同研究は、環境要因による疾患発症機構の解明に向けた第一歩として期待でき、その予防法や治療法の開発に貢献できると考えられる、と研究グループは述べている。
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