291変異が報告されるCHD8遺伝子、自閉症発症に関わるメカニズムの詳細は不明
九州大学は3月5日、自閉症患者におけるCHD8遺伝子上のミスセンス変異に対して、さまざまな予測スコアを適用してこれらの変異が高いスコアを持つ群と低いスコアを持つ群に大別されることを見出し、実験的な検証を行うことで自閉症発症の分子機序を複数同定したと発表した。この研究は、同大の中山敬一主幹教授、白石大智大学院生、金沢大学の西山正章教授、藤田医科大学の宮川剛教授、長浜バイオ大学の白井剛教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」に掲載されている。
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自閉症は「対人コミュニケーション障害」と「活動や興味の範囲の著しい限局性」を主な特徴とする神経発達障害であり、その発症頻度は総人口の約1.5%と非常に高い一方で、根本的な治療法や正確な診断方法などが確立されていないため、社会的にも大きな問題となっている。近年、自閉症患者を対象とした大規模な遺伝子変異探索が行われた結果、CHD8という遺伝子に最も多くの遺伝子変異が同定されたことから、現在CHD8は自閉症の病因・病態を理解するための代表的な遺伝子として世界的に注目を集めている。
CHD8遺伝子には現在、自閉症患者において291個の変異が報告されている。これまでに行われた研究は、自閉症の発症原因としてCHD8タンパク質量の減少に焦点を当てたものがほとんどであり、一般的にこのようなタンパク質量の減少はナンセンス変異やフレームシフト変異といった種類の遺伝子変異によって引き起こされると考えられる。しかし、CHD8遺伝子上に報告されている変異の中でこれらの変異が占める割合はそれぞれ2割程度にとどまる一方、最も多くの割合を占めるのは1アミノ酸の変化だけを起こすミスセンス変異である。これらのミスセンス変異に関して、どの変異がどのようにして自閉症の発症に寄与しているかについて解析はほとんどされておらず、CHD8遺伝子変異が自閉症の発症原因となるメカニズムの大部分は不明のままだった。
6つの予測スコアで既知ミスセンス変異を分類、高スコアと低スコアグループに大別
まず、研究グループは6つの予測スコアを用いてCHD8遺伝子上に報告されている全てのミスセンス変異の特徴を抽出し、分類することを試みた。その結果、CHD8遺伝子のミスセンス変異は高スコアを持つグループと低スコアを持つグループに大別されることがわかった。
高スコア変異の導入で、神経関連の遺伝子発現低下・マウスの自閉症様行動異常
そこで、これらの変異がどのようなメカニズムで自閉症の発症に寄与しているのかを解明するために、代表的ないくつかの変異を細胞やマウス個体に導入し解析を行った。その結果、高スコアの変異を導入した幹細胞では神経関連の遺伝子の発現が低下しており、神経細胞への分化が障害されていることがわかった。さらにこれらの変異を導入したマウスでは、不安の増加や社会性行動の異常などといった自閉症様の行動異常が見られることも明らかとなった。また、このようにマウスにおける自閉症様行動の原因となった変異の中にはCHD8タンパク質の活性障害を伴うものと伴わないものがあることがわかり、このことから高スコアの変異はそれぞれ多様な分子機序を介して自閉症の発症に寄与している可能性が示唆された。一方で、今回検証した低スコアの変異は全てタンパク質の活性や細胞の分化、マウスの行動に影響を与えなかったことから、これらの変異は自閉症発症の直接的な原因ではないことが示された。このことから、現在CHD8遺伝子上に報告されている全ての変異が自閉症の発症に直接関与しているわけではないことが示唆された。
採用したスコア使用で発症リスクの予測や診断精度向上にもつながる可能性
CHD8遺伝子変異によるさまざまな自閉症発症の分子機序が明らかになったことで自閉症の病因・病態の理解が進み、個別の発症メカニズムに基づいた適切な治療法の確立が期待される。「本研究で採用したスコアを用いることで自閉症の発症リスクをある程度予測でき、さらには自閉症の診断精度の向上にも役立つと考えている」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果