内因性オキシトシンが「認知機能」に与える生理的影響は不明だった
東京理科大学は2月29日、薬理遺伝学的手法を用いて認知機能における内因性オキシトシンの役割を調べ、視床下部室傍核(PVN)から乳頭上核(SuM)に投射しているオキシトシン産生ニューロンが、オキシトシンの認知機能亢進作用に深く関与していることを発見したと発表した。この研究は、同大薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、同大大学院薬学研究科薬科学専攻の高橋純平氏(2023年度博士課程3年)らの研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS One」にオンライン掲載されている。
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オキシトシンは愛情ホルモン、幸せホルモンとも呼ばれ、他者との交流によって活性化されることが知られている。最近の研究から、オキシトシンが認知機能低下の改善に有効であることもわかってきている。一般的に、孤独や社会的な孤立状態が認知症の進行に負の影響を与える可能性が指摘されているが、オキシトシンの影響を含めた生理学的なメカニズムについては、ほとんど明らかにされていなかった。
近年、研究グループはアミロイドβ(Aβ)を脳室内に投与することによって、アルツハイマー型認知症モデルマウスの空間記憶障害がオキシトシンにより回復したことを報告し、オキシトシンが認知症に対する新たな治療薬の候補として有望であることを示した。これらの研究成果では、オキシトシン産生ニューロンの神経活動が認知症の病理学的進行の各プロセスに関与している可能性が示唆されたが、内因性オキシトシンが認知機能に与える影響はまだ十分に研究されておらず、オキシトシン産生ニューロンが認知機能に与える直接的な影響については解明されていなかった。
そこで研究グループは今回、薬理遺伝学的手法を用い、PVNでオキシトシン産生ニューロンを特異的に活性化させることで、オキシトシンの認知機能亢進作用について、神経回路レベルで明らかにすることを試みた。
CNO投与でc-Fos陽性細胞増加、c-Fos陽性ニューロンがオキシトシン産生と判明
研究ではまず、PVN内のオキシトシン産生ニューロンの投射を受け取る脳領域を調査した。PVNにウイルス(AAV8-hSyn-DIO-hM3Dq-mCherry)を投与したマウスを用いて、蛍光タンパク質であるmCherryの発現を分析した。その結果、PVNでmCherry陽性細胞、SuMでmCherry陽性線維が確認され、PVNのオキシトシンニューロンがSuMに投射していることが示唆された。一方で、学習や記憶と深く関係する海馬ではmCherry陽性線維は確認されなかった。
次に、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて、興奮性DREADD(hM3Dq)をオキシトシン-iCreノックインマウス(オキシトシン特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウス)に発現させ、クロザピン-N-オキシド(CNO)の投与によりオキシトシン産生ニューロンが活性化されるか否かを調べた。その結果、CNOの投与により、PVN内のc-Fos陽性細胞数が有意に増加していることが判明。また、免疫蛍光染色によってc-Fos陽性ニューロンがオキシトシン産生ニューロンであることが確認された。
内因性オキシトシンが長期物体認識記憶を強化、短期空間記憶には影響せず
その後、PVN内の活性化したオキシトシン産生ニューロンが学習と記憶に与える影響をY字迷路試験と新規物体探索試験で評価した。その結果、内因性オキシトシンは短期的な空間記憶には、ほとんど影響しないことが示唆された。一方、新規物体認識試験においてはCNOを投与したマウスが新規物体の探索時間を増加させたことから、内因性オキシトシンが長期の物体認識記憶を強化する可能性が示唆された。
海馬歯状回ニューロン・SuMニューロンの活性化で物体認識記憶が強化できる可能性
最後に、新規物体認識試験後のc-Fos染色を確認し、物体認識記憶の強化に関与する脳領域を調査した。その結果、CNOを投与したマウスでは海馬歯状回とSuMのc-Fos陽性細胞の数が有意に増加していることを見出した。これは、オキシトシン産生ニューロンの活性化が、海馬歯状回やSuMのニューロンを介してマウスの長期記憶の維持を強化する可能性を示唆している。つまり、海馬歯状回ニューロンやSuMニューロンを活性化することで、オキシトシン産生ニューロンが活性化され、物体認識記憶が強化されると考えられるという。
認知症の進行を防ぐ新規治療法・治療薬開発に期待
同研究を主導した斎藤顕宜教授は、「今回、世界で初めてオキシトシンが認知機能を亢進させることを明らかにした。家族との交流が少なくなった環境で認知症が急速に進行することは経験的によく知られていることだが、その背景にオキシトシンが関係しているのではないかと考えたのが本研究を始めたきっかけだ。今回、内因性オキシトシンの認知症亢進について、神経回路レベルでのメカニズムを見出すことができた。この研究を発展させることで、認知症の進行を防ぐ新しい治療法・治療薬の開発につながることが期待される」と、述べている。
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・東京理科大学 プレスリリース