「病的ひきこもり」の診断評価基準を日米共同研究で開発し、必要条件を定義
九州大学は2月29日、「病的ひきこもり(pathological social withdrawal:pathological hikikomori)」と「非病的(健康な)ひきこもり」とを区別できるツール「HiDE(Hikikomori Diagnostic Evaluation)」(構造化面接法および自記式スクリーニング票)を開発したと発表した。この研究は、ひきこもり研究ラボ@九州大学(代表:九州大学大学院医学研究院精神病態医学 加藤隆弘准教授)によるもの。研究成果は、「Psychiatry and Clinical Neurosciences」オンライン版に掲載されている。
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「社会的ひきこもり(以下、ひきこもり)」は、一般的に社会参加せずに6か月以上自宅にとどまり続ける状態であり、2023年3月の調査では、ひきこもり状況にある人は国内140万人を越えると推定されている。ひきこもりは日本固有の現象と考えられてきたが、近年、さまざまな国で、ひきこもり的状況にある人の存在が報告され、2022年には国際的な精神疾患診断バイプルとして知られる米国精神医学会発行のDSM-5改訂版に「hikikomori」として掲載された。
他方、コロナ禍を契機として、ICTの活用が急速に進み、オンライン授業・在宅ワークの普及によって、直接的な社会参加や対人交流がなくとも健康的に生活できるようになった。物理的に外出が少ないからといって、全ての人が病的とは言えず、病的ではない「健康なひきこもり」の存在が示唆されつつあり、「病的なひきこもり」と「健康なひきこもり」を区別する指標が求められている。
ひきこもり研究ラボ@九州大学では、ひきこもりの生物・心理・社会的理解に基づく支援法開発を進めている。2020年には、国際的に通用する「病的ひきこもり」の診断評価基準を日米共同研究で開発し、病的ひきこもりの必要条件を「社会的回避または社会的孤立の状態であり、大前提として自宅にとどまり、物理的に孤立している状況」かつ「こうした物理的ひきこもり状況に対して本人が苦悩しているか、機能障害があるか、あるいは、家族・周囲が苦悩していること」とした。
HiDE-Sはスクリーニング目的で利用し、厳密な評価は専門家によるHiDE-I実施を推奨
今回研究グループは、「病的ひきこもり」および「非病的(健康な)ひきこもり」を簡便に評価するためのツール「HiDE」の独自開発に成功した。HiDEには、専門家が実施する構造化面接(インタビュー)HiDE-Iと、当事者がアンケート形式で答える自記式スクリーニング票HiDE-Sがある。
HiDE-Sの質問1~3では「物理的ひきこもり」の程度とその期間を評価する。まず、質問1で短時間の外出の頻度を把握し、質問2で質問1以外の外出の頻度を評価する。質問1で週4回以上の短時間外出があっても、質問2で週3日以下の外出頻度であれば「物理的ひきこもり」と評価する。質問2の外出頻度に応じて、週4回以上は「ひきこもりなし」、週2~3回は「軽度」、週1回以下は「中等度以上」とする。質問3でその期間を評価する。3か月以上6か月未満は「プレひきこもり」、6か月以上は「ひきこもり」とする。3か月未満であっても、「苦悩の存在や機能障害」があれば、何らかの支援を推奨する。質問4は、自身の外出に関する主観であるため、支援では重要な項目だが、診断には直接関係しない。
質問5〜11では「苦悩の存在および機能障害」を評価する。1つでも「はい」があれば「病的ひきこもり」の可能性ありと評価。全て「いいえ」であれば「非病的ひきこもり」の可能性ありと評価する。例えば、質問2で「物理的ひきこもり」の基準を満たしても、質問5〜11の全てが「いいえ」であれば、「非病的ひきこもり」の可能性ありと評価する。
質問12では現在の社会的状況を評価する。在宅ワーカーやリタイア(定年後)した人の中には「物理的ひきこもり」に該当することがまれではないが、多くは「非病的ひきこもり」と想定される。こうした人の中で、万が一「病的ひきこもり」に該当する際は、何らかの支援を推奨する。なお、HiDE-Sはあくまでスクリーニングを目的としているため、厳密な評価のためには専門家による構造化面接(HiDE-I)の実施を推奨する。
ゲーム障害傾向の有無を予測する3因子を同定、利用が多いのはロールプレイングゲーム
オンラインゲームの普及で世界的にゲーム障害への注目が集まっているが、ひきこもりとゲーム障害の関連を示した研究はいまだ少ない。そこで、両者の関連を調べるために、HiDEを活用したオンライン調査を全国の20〜59歳の未就労者500人を対象として実施した。外出状況と機能障害の有無をもとに、「非ひきこもり」と「病的ひきこもり」「非病的ひきこもり」に分類し、さらに、ひきこもり継続期間をもとに7つのグループに分けた。
GAS7−J・PHQ-9・TACS-22といった自記式スケールにより、「ゲーム障害傾向・うつ傾向・新型/現代型うつ傾向の強さ」を数値化し、U検定でグループ間の差の比較を行った。その結果、「非病的ひきこもり」群よりも「病的ひきこもり」群の方が、抑うつ傾向が有意に高値だった。また、「病的ひきこもり(3か月未満)」群が最もゲーム障害傾向が高く、「病的ひきこもり(6か月以上)」群と比べて有意に高値だった。
「病的ひきこもり(3か月未満)」群のゲーム障害傾向が有意に高かったことから、ゲーム障害傾向の有無に対するロジスティック回帰分析を行い、判別に関する予測因子を探索。その結果、PHQ9「抑うつ傾向」高値、TACS-22「社会的役割の回避」低値、「物理的ひきこもりによる機能障害」有の3因子がゲーム障害傾向の有無を予測する因子として同定された。
最も利用されていたゲームはロールプレイングゲームだったという。「社会的役割の回避」傾向の低さがゲーム障害傾向を有意に上げる予測因子であったという結果に鑑みると、ひきこもり状態に陥った際、社会的役割(ソーシャルロール)の喪失を補うために、ゲーム世界で自分の役割を獲得することを目的にロールプレイングゲームなどのゲームを過剰に使用することがゲーム障害に陥る誘因かもしれないことを示唆している。
コロナ禍における病的ひきこもりは、社交的で社会的達成動機が高く協調性のある人
さらに、コロナ禍における病的ひきこもりの危険因子を明らかにするため、2019年6月時点でひきこもり状況になかった全国の社会人561人を対象に、オンラインによる縦断調査を2020年6月~2022年4月まで複数回実施した。
その結果、コロナ禍になり3割以上の人が一度は「物理的ひきこもり」状況に陥っていることが判明。「物理的ひきこもり」と評価された人の6割以上は「非病的ひきこもり」と判断されたが、「病的ひきこもり」に陥っている人も数割存在していたという。意外なことに、社交的で、社会的達成動機が高く、社会的役割を希求し、外交的で協調性が高い人こそが、コロナ禍における「病的ひきこもり」の潜在的な危険因子として同定された。このような因子は一般的にひきこもりとは関係ない因子と想定されていたが、コロナ禍では逆説的に「病的ひきこもり」の潜在的な危険因子になることが示唆された。同結果は、ポストコロナ時代の新しい生活様式におけるひきこもり予防や対策を考える上で、重要な資料になると思われる。
HiDE活用による「病的ひきこもり」の早期発見・支援が、精神疾患予防につながる可能性
今回開発したひきこもり評価ツールHiDEにより、「病的ひきこもり」と「非病的(健康な)ひきこもり」の評価を簡便に行うことができ、支援が必要なひきこもり状態にあるか否かをスムーズに判断することが可能になった。さらに、HiDE-Sの健診などでの活用により、ひきこもりの予防や、ひきこもりに関連するさまざまな精神疾患の予防・早期支援につながることが期待される。
「今回のHiDEを用いたオンライン調査の結果は、ポストコロナ時代の新しい生活様式におけるひきこもり対策の難しさを示唆しており、新しい価値観に基づく抜本的なひきこもり支援体制の整備が求められる」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果