トルバプタン以降、ADPKDの治療薬として承認された薬剤はない
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は2月29日、RAR作動薬であるタミバロテンを常染色体顕性(優性)多発性嚢胞腎(ADPKD)治療の開発品として選定し、ADPKD患者を対象とした前期第2相臨床試験を開始したと発表した。この研究は、京大発スタートアップ企業のリジェネフロ株式会社、CiRA増殖分化機構研究部門の前伸一特定拠点講師(リジェネフロ科学アドバイザー)、長船健二教授(リジェネフロ取締役最高科学顧問)らの研究グループによるもの。試験は昨年12月より開始され、既に小数例の患者への投与が行われている。
ADPKDは、腎臓内に多数の嚢胞を形成する進行性の難病で、人工透析や腎移植を必要とする末期腎不全に至る。1,000~4,000人に1人が罹患し、世界の腎不全患者数の5〜10%を占めている。ADPKD患者の腎嚢胞は、糸球体や腎尿細管上皮より発生することもあるが、主に集合管から発生する。集合管で特異的に発現するアルギニン・バソプレシン2型受容体(AVPR2)の拮抗阻害剤であるトルバプタンは、ADPKDの治療薬として唯一承認されているが、疾患の進行を止めることはできない。またトルバプタンは、腎集合管でのバソプレシンによる水再吸収を阻害することで水利尿作用を示すため、1日に多量の飲水が必要である。
トルバプタンの上市以降、世界各国の製薬企業が新規ADPKD治療薬の開発を行ってきたが、日本、米国、欧州のいずれにおいてもいまだ承認された薬剤はない。トルバプタンと同じ作用メカニズムの開発品や、作用メカニズムが異なる数多くの開発品の臨床試験が実施されたが、現在までのところヒトにおける有効性ならびに安全性が検証できた薬剤はなかった。これらの薬剤のADPKDにおける開発は既に中止されているものがほとんどであり、新たな治療の選択肢が強く望まれている。
iPS細胞由来病態モデルで治療薬候補「RAR作動薬」同定、APLで既承認のタミバロテン選択
研究グループは、iPS細胞から腎集合管オルガノイドを作製し、難病である多発性嚢胞腎の病態モデルを作製することに成功した。また、このモデルを活用して、嚢胞形成を強力に抑制する薬剤の候補として、レチノイン酸受容体(RAR)作動薬を同定した。
今回、RAR作動薬の中から、再発・難治性の急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として日本において既に承認されているタミバロテンをADPKD治療薬の候補として選択した。タミバロテンは長期臨床試験を実施するために必要な非臨床毒性試験を実施済みであること、また、APL以外にも多種多様な適応症(非小細胞肺がん、骨髄異形成症候群、急性骨髄性白血病、膵臓がん、ループス腎炎、クローン病、アルツハイマー病など)の臨床試験を実施中もしくは完了しているなど、ヒトに対する投与経験が豊富であり、ヒトにおける安全性プロファイルは確立しているものと考えられた。
過去のAD臨床試験で低用量タミバロテン経口投与による死亡/重篤な有害事象報告なし
再発・難治性のAPL治療においては、高用量のタミバロテンを短期間集中的に投与することにより、分化症候群などの重大な副作用が報告されている。一方、アルツハイマー型認知症患者を対象とした医師主導臨床試験においては、今回の臨床試験と同じくAPL治療よりも低用量のタミバロテン4mgを1日1回24週間経口投与しているが、死亡例ならびにタミバロテンとの関連性が否定できない重篤な有害事象は報告されておらず、タミバロテンの忍容性ならびに安全性に問題は認められなかった。これらのことから、追加の非臨床毒性試験や第一相臨床試験を新たに実施することなく、ADPKD患者を対象とした臨床試験を実施することは妥当であると考え、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の対面助言を経て試験計画を最終化し、2023年12月より前期第二相臨床試験を開始した。
投与後8週間の安全性・忍容性確認後、ランダム化Phaseの被験者リクルートを開始予定
ADPKD患者へのタミバロテン投与は今回の臨床試験が最初であることから、臨床試験計画書には、段階的な被験者のリクルート、定期的に効果安全性評価委員会による第三者的な安全性のモニタリングを実施、治験薬の減量・中止基準を厳格に設定、治験全体の中止基準の設置など、種々の安全対策を設定している。
前期第二相臨床試験はPK PhaseとRandomization Phaseに分かれており、PK Phaseの被験者リクルートはすでに終了し、この臨床試験の被験者リクルートは一旦中断している。PK Phaseにおける投与後8週間までの安全性・忍容性に問題ないことを効果安全性評価委員会が確認後、Randomization Phaseの被験者リクルートを開始する予定で、被験者リクルートの再開は2024年4月中旬以降の予定。
「本臨床試験においてタミバロテンの有効性ならびに安全性が確認されれば、タミバロテンの作用メカニズムはトルバプタンとは異なり多量の飲水が必要ないなど、ADPKD治療におけるQuality of Lifeを改善することが期待される」と、研究グループは述べている。
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