「強膜リモデリング」が起こるメカニズムの詳細は不明だった
慶應義塾大学は2月22日、近視が生じる際に認められる強膜(白目の部分)が変形しやすくなる状態(強膜リモデリング)は、強膜におけるトロンボスポンジン1(Thbs1)という遺伝子の発現が減少することが引き金となり、強膜構造タンパクの減少および分解酵素の増加を引き起こすことで生じることを、データベース分析とバイオインフォマティクス、動物実験を駆使することで明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部眼科学教室の栗原俊英准教授、池田真一特任講師、陳俊翰(同大学院医学研究科博士課程)らの研究グループと、株式会社坪田ラボとの共同研究によるもの。研究成果は、「Molecular Medicine」に掲載されている。
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この50~60年の間で全世界の近視は爆発的に増加しているが、特にアジア圏では顕著であり、研究グループの調査研究では、東京都内中学校の約95%の生徒が近視であることが明らかになっている。
眼球は強膜と呼ばれる眼球の最も外側に位置する、コラーゲン線維を主とする細胞外マトリックス(ECM)と線維芽細胞から成る硬い組織によって、その形が維持されている。近視の病態の本質は、目の前後軸の長さ(眼軸長)が伸びることにある。この形態変化のためには強膜が先行して変形しやすい状態になると考えられており、これを「強膜リモデリング」と呼ぶ。研究グループは、近視眼の強膜では小胞体ストレスと呼ばれるストレスが起こっていることを見出し、強膜への小胞体ストレスの負荷が強膜リモデリングを引き起こして近視につながることを明らかにしているが、強膜リモデリングを引き起こす分子メカニズムの詳細は不明だった。
強膜ECMのリモデリングに重要な遺伝子「Thbs1」を同定
研究グループはまず、データベース探索で得られた近視およびECMに関連する遺伝子に基づき、近視に伴うECMの変化に潜在的に関わる遺伝子を予測した。さらに、得られた遺伝子がどのような生物学的プロセスに関わっているのか、どのように相互作用しているのかについて、バイオインフォマティクスツールを用いて検証した。
その結果、トロンボスポンジン1(Thbs1)が強膜ECMのリモデリングにおける極めて重要な遺伝子である可能性が同定された。
近視誘導初期のタイミングで強膜のTHBS1発現が低下することをモデルマウスで確認
次に、同定されたThbs1が実際に近視進行に関わっているのか動物実験で確かめることにした。研究グループが開発したマイナスレンズ装用によるマウス近視モデルを用いて、強膜におけるTHBS1の発現量を検討したところ、近視誘導初期のタイミングで強膜のTHBS1発現が低下していることがわかった。
強膜Thbs1のノックダウンによる屈折の近視化・眼軸長の伸長を確認
このTHBS1発現減少が、強膜リモデリング、さらには近視発症に関与しているのかを確認するため、強膜でThbs1をノックダウンする実験を行った。
強膜Thbs1のノックダウンにより、強膜リモデリングに関連するmatrix metalloproteinases-9(MMP9)の発現が亢進し、強膜を構成するコラーゲン1A1(Col1a1)の発現が低下しており、屈折の近視化および眼軸長の伸長が生じた。
強膜Thbs1の発現制御で近視進行を制御できる可能性
今回の研究成果により、強膜Thbs1の発現制御で近視進行を制御できる可能性が示唆された。強膜は眼球の最も外側にあり、点眼薬による介入がしやすい組織であることもふまえると、同研究をもとに強膜Thbs1を標的とした創薬につながり得るインパクトの大きい研究だと言える。
「本研究は、近視強膜に生じている病的変化の原因を明らかにすることで今後の近視予防・治療法の開発を促進するだけに留まらず、生物統計学と実験研究とを組み合わせることにより新たな近視治療戦略を短時間で正確に見出していくことが可能であることも示したもので、社会的意義の大きい研究であると考えられる」と、研究グループは述べている。
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