ジゴキシンによる人為的スパイン生成促進、運動学習能力を向上させるか?
大阪公立大学は2月20日、強心剤として臨床でも使用されている低濃度のジゴキシンが、樹状突起スパイン(以下、スパイン)の生成を促す作用を持つ可能性に着目し、さまざまな濃度のジゴキシンをマウスに投与して運動学習能力向上効果を検証したと発表した。この研究は、同大大学院リハビリテーション学研究科の橋本遵一客員研究員、藤田えりか大学院生、宮井和政教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuroscience」にオンライン掲載されている。
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学習・記憶や脳障害からの神経機能回復には、神経細胞同士の接続部位であるシナプスの増加による、新しい神経回路の形成が重要である。大脳皮質や海馬においては、シナプスで情報を受け取る側にスパインと呼ばれる構造が存在する。スパインは成熟期の脳でも、神経活動に応じて盛んに新しく生まれたり、消えたりしており、運動学習の際にも新たに生まれることが知られている。また新生したスパインは、生き残った神経細胞同士に新たな接続が必要な脳障害後の神経機能回復にも貢献する。新たに生まれたスパインは有用な神経回路の構築に役立つものだけが生き残るため、その数を増やすことができれば有益な神経回路だけを効率的に再構築できると考えられる。
これまでの研究で、強心剤として認可されているジゴキシンが、スパインの新生を促すシグナルのスイッチを入れる作用を持つ可能性があることが推察されていた。そこで研究グループは、正常なマウスとスパイン新生機能に障害のあるマウスにさまざまな濃度のジゴキシン(1、4、65、650μg/kg)を投与し、新生スパインの数が増えるかどうか、また運動学習能力が向上するかどうかを検討した。
低濃度ジゴキシン投与、マウスの新生スパインを増加
スパインをゴルジ‐コックス法と呼ばれる染色法で染め、顕微鏡で観察したところ、低濃度(~65μg/kg)のジゴキシンを投与した正常なマウスでは、投与しなかったマウスに比べ、新生スパインに特徴的な構造である長いスパイン(2µm以上)の数が大脳皮質で増加していることを発見した。また、この効果はスパイン新生機能に障害のあるマウスでも見られた。一方、成熟したスパインに特徴的な構造である短いスパインの数には影響を与えなかった。このことは、低濃度のジゴキシンがスパインの新生を促したことを意味している。
スパイン新生機能障害マウスでより効果的に運動成績上昇させると判明
また、ロータロッド試験を用いて運動学習能力を解析した。この試験は加速して回転する棒上にマウスが留まっていられる時間を計測する試験で、試行を重ねるごとに留まっていられる時間が長くなることから、成績の上昇で運動学習能力を表すことができる。正常なマウスでは、低濃度(65µg/kg)のジゴキシンを投与した場合、投与しなかったマウスに比べて運動成績が上昇した。また、スパイン新生機能に障害のあるマウスでは、何も投与していない状態では正常なマウスに比べて成績が低かったものの、低濃度のジゴキシンを投与することで運動成績が正常なマウスと同レベルにまで上昇した。特に、この系統のマウスでは、ヒトの臨床で用いられている濃度(1µg/kg、4µg/kg)のジゴキシンでも有効に作用し、運動能力が向上した。今回の結果は、ジゴキシンの投与が学習に伴うシナプス形成に何らかの異常を持っている個体で、より効果的に作用を発揮する可能性を示している。
ドラッグ・リポジショニングとして効率的に臨床適用できる可能性
スパイン新生機能に障害のあるマウスでは、臨床用量のジゴキシンでも運動学習能力が向上することから、脳損傷などの後に神経回路の再構築が必要な運動機能リハビリテーションにおいて、既存のリハビリテーション法と組み合わせることで機能回復を促進できる可能性がある。また、スパインの新生は運動機能のみならず、認知機能などの神経機能回復にも役立つかもしれない。ジゴキシンを神経機能のリハビリテーションへも適用することができれば、「ドラッグ・リポジショニング(薬剤の適応拡大)」として効率的な臨床適用が可能であり、リハビリテーション期間の短縮や医療費の削減にもつながる。
「今後は、ジゴキシンが脳損傷モデルマウスの運動機能回復を促進できるかどうか、運動学習以外の学習能力も向上できるのかどうかを研究することで、臨床応用に向けた可能性を広げるとともに、その課題の克服を目指す」と、研究グループは述べている。
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