顔の原基である咽頭弓に類似した組織を作製するには?
京都大学は2月15日、ヒト多能性幹細胞(ES細胞)から神経堤細胞を多く含む細胞凝集体を作製し、それを咽頭弓様の遺伝子発現パターンを有する細胞集団へと分化させる手法を確立したと発表した。この研究は、同大医生物学研究所の瀬戸裕介助教(研究当時)、永樂元次教授、同大工学研究科高分子化学専攻修士課程の荻原龍馬氏らの研究グループによるもの。研究成果は「Nature Communications」に掲載されている。
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動物の顔は、発生の過程において顔の原基内で起きる環境因子の作用と細胞間相互作用によって形成される複雑な組織である。顔の構造の種間差や個人差を生み出す要因となる発生過程の違いを明らかにすることは基礎研究における一課題であるとともに、顔の組織の形成不全などの原因の解明などにもつながる。しかし、顔の発生は個体発生の早い時期に始まるため、その初期の過程を詳細に調べることには技術的な難易度の高さがある。
そこで研究グループは、さまざまな細胞へと分化できるヒト多能性幹細胞の性質を利用し、顔の原基である咽頭弓に類似した組織を試験管内で作製することにより、顔の初期発生について研究するためのモデルを確立することを目指した。
ヒト多能性幹細胞を用い、咽頭弓様の遺伝子発現パターンを有する細胞集団を作製
はじめに、未分化なヒト多能性幹細胞からなる細胞凝集体を、咽頭弓を構成する主要な細胞である神経堤細胞を豊富に含む状態へと分化させる方法を探索。その結果、培養開始から5日で、約7割の細胞が神経堤細胞へと分化する培養方法を発見した。
さらに、その細胞凝集体にさまざまな因子を添加し、長期的に培養することにより、咽頭弓の細胞と類似した遺伝子発現パターンを示す細胞集団へと分化させる条件を探索した。誘導した細胞凝集体は、基本的には将来上顎を形成する上顎弓に類似した細胞集団へと分化する能力を有していること、実際の発生過程において下顎の分化に必要なシグナル因子を添加することで、下顎の原基である下顎弓に類似した細胞集団へと分化可能であることを見出した。
培養時に与えるシグナルに応じて将来の上顎・下顎原基様の細胞へ分化
また、下顎弓への分化を誘導するシグナル因子を培地中に一時的に添加することにより、ひとつの細胞凝集体の中に上顎弓・下顎弓に類似した細胞集団を同時に誘導することができることを明らかにした。興味深いことに、これらの細胞集団は凝集体内で交わることがなく、お互いに独立したコンパートメントを形成し、凝集体内でのパターニング(領域分け)が起きていた。この現象は、顔の初期発生過程で生じる上顎原基と下顎原基のパターニングを再現している可能性があり、その詳細な分子メカニズムの解析により、顔の初期発生過程の解明につながる可能性がある。
顔原基の細胞の分化メカニズムの詳細な理解と制御につながる可能性
今回開発したモデルを利用することで、顔の原基の初期パターニングを制御する細胞間相互作用を解析することができる可能性がある。「顔原基の発生を制御している環境中のさまざまなシグナル因子の情報がどのように統御され、上顎弓や下顎弓といった性質の異なる細胞が誘導されているのかはまだ完全には明らかになっていないが、本研究手法は、外部からのシグナル因子の添加によりこの分化過程を再現することができるため、顔原基の細胞の分化メカニズムの詳細な理解と制御につながる可能性がある。また、新たな再生医療の細胞材料の開発などに発展していくことも期待される」と、研究グループは述べている。
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