うつ病の遺伝、親から子への染色体の伝搬では説明がつかず
東京慈恵会医科大学は2月13日、うつ病の原因となるヒトヘルペスウイルス6 (HHV-6)のSITH-1遺伝子には、うつ病を引き起しやすいタイプとうつ病を起こしにくいタイプが存在し、これがうつ病になりやすい体質やその遺伝に関与することを発見したと発表した。この研究は、同大ウイルス学講座の小林伸行准教授と近藤一博教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。
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うつ病は環境と体質の2つの原因で発症し、同じ環境にあっても、うつ病になりやすい人となりにくい人が存在する。うつ病になりやすい体質は遺伝することが判明しており、その遺伝率は30~50%と考えられている。これは高血圧や糖尿病の遺伝率と同程度である。しかし、うつ病の遺伝に関しては、通常の遺伝で知られている、親から子への染色体の伝搬では説明がつかず、その遺伝の仕組みは全く不明だった。
うつ病の遺伝と関係するHHV-6のSITH-1遺伝子のR1領域に着目
うつ病の原因であるSITH-1遺伝子はHHV-6のゲノムに存在し、3種類の繰り返し配列R1、R2、R3に囲まれている。今回研究グループは、SITH-1のタンパク質コード領域(SITH-1 ORF)の発現に最も関係すると考えられるR1領域に注目した。R1領域には12塩基からなる繰り返し配列(R1A)が複数種類存在し、その種類や繰り返しの数はSITH-1タンパク質の発現に関係する。詳しく調べたところ、R1A配列の繰り返しの数は、HHV-6が感染している個人個人によって2回から27回のバリエーションが見られた。
R1A繰り返し配列の数が17以下の場合にうつ病を発症しやすい
研究グループは、うつ病患者および健常人のSITH-1発現をSITH-1に対する抗体価(抗SITH-1抗体価)で測定し、各対象者に潜伏感染しているHHV-6のR1A配列の繰り返し数の相関関係を調べた。その結果、R1A配列の数が多いほどSITH-1の発現が少ないことがわかり、R1AはSITH-1の発現を抑制する機能があることがわかった。
次に、研究対象者に感染しているHHV-6のR1A繰り返し配列の数とうつ病との関係について検討した。結果、R1Aの数が17以下(R1A≦17)になるとうつ病を発症しやすいことがわかった。うつ病患者がR1A≦17である率は67.9%、オッズ比は5.28だった。このことは、うつ病患者の約7割でうつ病の発症とR1A≦17のHHV-6が関係し、感染しているHHV-6がR1A≦17であった場合は、うつ病になる率はそうでないHHV-6に感染している場合の約5倍になることを示している。
R1A≦17のHHV-6を持つうつ病患者で家族にうつ病患者がいる割合は47.4%
HHV-6は新生児期に主に母親から感染し、その後一生涯ウイルス感染が持続することが知られている。このため、R1A≦17のHHV-6が親から子に伝搬することで遺伝に関係する可能性があると考えられる。遺伝について検討するために、うつ病患者の家族(祖父母、兄弟、子ども)にうつ病患者がいるかどうかを調べた。その結果、R1A≦17のHHV-6を持つうつ病患者で家族にうつ病患者がいる割合が47.4%であったのに対し、R1A>17の場合は家族にうつ病患者はいないことがわかった。
マイクロバイオームの子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得る
これらのことから、R1A≦17のHHV-6を持つうつ病患者を親、特に母親に持つ子どもは新生児期に親からR1A≦17のHHV-6が感染し、一生涯R1A≦17のHHV-6が体内に潜伏感染するという、うつ病になりやすい状態が続くことになる。これを外側から観察すると、うつ病が遺伝していると認識されると考えられる。また、今回の発見は、親に持続的に感染している常在微生物(マイクロバイオーム)の子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得ることを示す世界で初めての発見であるとともに、HHV-6のSITH-1がうつ病の原因となることをさらに確実とする証拠でもある。
新生児期に「うつ病を起こしにくい」HHV-6をワクチン接種する方法などが検討可能に
この発見により、新生児期に「うつ病を起こしにくい」HHV-6をワクチンとして接種するなどの方法で、「うつ病を起こしやすい」HHV-6が親から子に感染することを防御することで、原理的には、うつ病の遺伝を抑制することが可能となる。「これまで、うつ病の遺伝はMissing Heritability(失われた遺伝率)と呼ばれ、そのメカニズムは謎とされてきた。このような正体不明の現象は、社会的偏見につながりやすいという性質がある。今回の研究によって、うつ病の遺伝のメカニズムが明らかになり、解決策が得られたことで、うつ病に対する偏見が減ることを期待する」と、研究グループは述べている。
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・東京慈恵会医科大学 プレスリリース