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ダウン症の精神・神経症状、DSCAMが関与の病態メカニズムを解明-NCNPほか

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2024年02月08日 AM09:30

精神疾患の原因となる余剰グルタミン酸、除去する詳細な仕組みは不明

(NCNP)は2月1日、ダウン症関連遺伝子産物DSCAMがシナプス内の過剰なグルタミン酸の除去を介して、健全なシナプス機能と神経発達、そして小脳運動学習に関わることを明らかにしたと発表した。この研究は同センター神経研究所病態生化学研究部の星野幹雄部長、出羽健一博士(現:理化学研究所脳神経科学研究センター)の研究グループと、東北大学大学院薬学研究科薬理学分野の有村奈利子准教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

脳神経系は、電気的信号により情報を交換する神経細胞のネットワークで形成されている。このネットワークの神経細胞と神経細胞との結合部がシナプスと呼ばれる構造体で、前シナプス、後シナプス、シナプス間隙、そしてそれを被覆するアストロサイト(グリア細胞の一種)などで構築されている。神経興奮によって、前シナプスから神経伝達物質(興奮性神経細胞では多くの場合グルタミン酸)がシナプス間隙に放出され、それが後シナプスの受容体に受容されることで、情報が神経細胞を超えて伝えられる。この過程で、シナプス間隙に過剰な遊離グルタミン酸が残ると、神経細胞が必要以上に興奮することになり、それがさまざまな精神疾患やてんかんなどの原因・誘因となるともいわれている。また発生期においても遊離グルタミン酸のコントロールが、適切な脳の発達に関わることが示唆されてきている。余剰な遊離グルタミン酸の除去には、神経細胞膜上あるいはアストロサイト膜上のグルタミン酸トランスポーターが関わっていることが知られているが、特にアストロサイト膜上のトランスポーター(代表的分子:)が、いかにして神経細胞が作るシナプス構造を認識し、その近傍に集積するのか、そのメカニズムは今まで明らかになっていなかった。

ダウン症関連遺伝子DSCAMがシナプスの発達と機能に果たす役割は?

ヒト21番染色体上に存在するDown syndrome cell adhesion molecule () はダウン症の関連遺伝子として注目されており、近年では統合失調症や自閉症等に関わることも示唆されている。しかしこれらの疾患の背後にある病態メカニズムについては未解明な部分が多い。一方、DSCAM遺伝子およびそれにコードされるDSCAMタンパク質が、さまざまな生物種において神経系の発生・発達に重要な役割を果たしてきていることが報告されている。研究グループはこれまでに、神経前駆細胞(ラディアルグリアと呼ばれる)から生まれたばかりの神経細胞が、脳室面から離脱する過程でDSCAMが働くことを報告している。さらに、研究グループは、シナプスの構造と機能を解析しやすい小脳をモデル系として、DSCAMがシナプスの発達と機能に果たす役割を研究してきた。なお、この遺伝子はヒトではDSCAM遺伝子、マウスではDscam遺伝子と表記されるが、タンパク質はヒトでもマウスでもDSCAMタンパク質と表記される。

マウスDscam遺伝子、小脳の興奮性シナプスで発現

研究グループははじめに、マウス小脳のどの細胞、どの場所にDscam遺伝子・DSCAMタンパク質が存在するかについて調べた。mRNAの分布を調べたところ、Dscam遺伝子が小脳の各種神経細胞では発現するものの、バーグマングリアなどのアストロサイト系細胞では発現しないことを見出した。次に、ウエスタンブロット法で調べると、DSCAMタンパク質が小脳のシナプスに濃縮して存在することが明らかになった。さらに、DSCAMタンパク質をALFA(特殊なタグ)で標識したマウス(DscamALFA/ALFA)を観察すると、DSCAMタンパク質が小脳の興奮性シナプスに存在することがわかった。以上から、DSCAMが小脳の興奮性シナプスで何らかの機能を果たしている可能性が示唆された。

Dscam機能喪失で、興奮性シナプスでの遊離グルタミン酸の回収率が低下

次に、成体小脳のプルキンエ細胞に電極を刺してパッチクランプ法で神経活動を調べたところ、Dscam遺伝子の機能喪失マウス(Dscamdel17/del17)では、興奮性シナプスの一つである平行線維シナプスで遊離グルタミン酸の回収率が低下していることがわかった。このことは、DSCAMが失われると、グルタミン酸トランスポーターがうまく機能しなくなることを示唆している。

グルタミン酸トランスポーターには、神経細胞の細胞膜上で働く分子と、バーグマングリアの細胞膜上で働く分子があるが、どちらの機能の異常によるのかについては、電気生理学的波形から区別することができる。その波形からは、DSCAMが失われるとバーグマングリア側のトランスポーター(代表的な分子はGLAST)が機能不全となっていることが示唆され、このような現象は登上線維シナプス(もう一種類の興奮性シナプス)では認められなかった。

さらに、Dscamdel17/del17マウスでは、GLASTタンパク質の発現量自体には変化はなかったことがわかった。そこで、免疫電子顕微鏡実験によって、GLASTの興奮性シナプス(平行線維シナプス)における分布を調べた。本来、GLASTはバーグマングリア細胞膜上で興奮性シナプスの近傍に集積する性質があるが、Dscamdel17/del17マウスでは、その集積が優位に阻害されていることがわかった。このことから、神経細胞で発現するDSCAMが、バーグマングリアの細胞膜上のGLASTのシナプスへの集積に関わっていること、逆にDSCAMが失われるとGLASTのシナプスへの集積が阻害され、結果的に遊離グルタミン酸の回収が損なわれることが示唆された。

DSCAMタンパク質はGLASTと結合し、小脳シナプスに共局在

続いて、小脳の抽出液からDSCAM抗体を用いてDSCAMタンパク質とそれに結合する分子群をまとめて分離した。その分離産物を、ウエスタンブロット法で調べたところ、その中にGLAST分子も含まれていることが観察された。つまり、小脳においてDSCAMとGLASTが結合していることが示唆された。

さらに、培養細胞を用いて結合部位を調べたところ、DSCAMタンパク質の細胞外領域とGLASTが結合することがわかった。DscamALFA/ALFAの小脳を観察したところ、DSCAMとGLASTが同じ場所に共局在していることが観察された。GLASTは興奮性シナプスに強く局在することが知られており、DSCAMもシナプスに濃縮することがわかったことから、この2つのタンパク質が小脳の興奮性シナプスにおいて結合している可能性が示唆された。

DSCAMによる余剰グルタミン酸制御は、小脳の興奮性シナプスの発達に重要

一般的に、シナプスにおける余剰な遊離グルタミン酸のコントロールは、シナプスの適切な機能に必要とされるだけでなく、神経系の発生・発達にも大きく関わっていると考えられている。そこで、プルキンエ細胞へと投射する2種類の興奮性シナプス(平行線維シナプスと登上線維シナプス)の発達について調べた。この2種類のシナプスは、お互いに競合してテリトリーを奪い合いながら発達するが、登上線維シナプスが発達に伴って少しずつプルキンエ細胞の基部から樹状突起の末端方向(上方)へと数を増やしていくことが知られている。

正常なマウスと比べて、Dscamdel17/del17マウスでは、登上線維シナプスの上方拡大が極端に損なわれることが観察された。この現象は、Dscam遺伝子をプルキンエ細胞だけで阻害したノックアウトマウス(Dscamflox/flox;Pfcp2Cre)でも認められたため、プルキンエ細胞で発現するDSCAMタンパク質こそが、このシナプス発達に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

上述のように、DSCAMが失われると平行線維シナプスでのグルタミン酸回収が障害されるため、そこから漏れ出た遊離グルタミン酸が競合する登上線維シナプスの発達を阻害したという可能性が浮上してきた。そこで、Dscamflox/flox;Pfcp2Creマウスに対して、GLASTのグルタミン酸取り込み促進剤(リルゾール)を投与したところ、登上線維シナプスの発達異常がかなり軽減された。以上から、DSCAM欠損による登上線維シナプスの発達異常は、GLASTによる遊離グルタミン酸の取り込み障害によるものであることが示唆された。

DSCAM機能欠損マウスでは小脳が関与する運動学習が障害される

最後に、マウスの運動学習について検討した。チェック模様の壁の内側にマウスを固定し、その壁を15度ずつ左右に周期的に動かすと、マウスは目でこの動きを追うが、訓練を重ねて学習すると、だんだんこの動きが上手になってくる。しかし、Dscamflox/flox;Pfcp2Creマウスでは、この学習能力が極端に低下することがわかった。登上線維シナプスの発達が、この運動学習に関わることが知られていることから、DSCAMが登上線維シナプスの発達制御を介して、運動学習に関与することが示唆された。

DSCAM遺伝子の変異による精神疾患の病態の理解につながる研究成果

今回の研究は、ダウン症関連分子であるDSCAMがシナプスの神経細胞側の細胞膜に局在し、細胞外ドメインを介してバーグマングリア細胞膜上のグルタミン酸トランスポーター(GLAST)をシナプスへと引きつけることを明らかにしたものであり、「グルタミン酸トランスポーターのシナプスへの局在メカニズム」という神経科学上の大きな課題を解明したものである。また、プルキンエ細胞だけでDscamをノックアウトしたマウスでもシナプスの発達異常が観察されたことから、少なくともDSCAMタンパク質は後シナプス側(プルキンエ細胞側)の細胞膜に局在し、そこでバーグマングリア細胞膜上のGLASTと結合していると考えられた。さらに、DSCAMがGLASTのシナプスへの集積機構を介して、シナプスの正常な機能や発達を制御し、さらに運動学習にも関わることも示された。「今回の発見は、ダウン症の精神・神経症状や、DSCAM遺伝子の変異による精神疾患の病態の理解につながると期待される」と、研究グループは述べている。

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