「殿様枕」と「特発性椎骨動脈解離」との関連は?
国立循環器病研究センターは1月30日、脳卒中の原因の一つである「特発性椎骨動脈解離」は枕が高いほど発症割合も高く、より硬い枕では関連が顕著であることを立証し、殿様枕症候群(英語名:Shogun pillow syndrome)という新たな疾患概念を提唱したと発表した。この研究は、同センター脳神経内科の江頭柊平医師、田中智貴医長、猪原匡史部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「European Stroke Journal」オンライン版に掲載されている。
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脳卒中は通常高齢者に起こるが、若年や中年者にも特殊な原因で起こることがある。特発性椎骨動脈解離はその原因の一つで、首の後ろの椎骨動脈という血管が裂けてしまうことで脳卒中を起こす。働き盛りの年齢である患者の約18%に何らかの障害が残り、根本治療もないことから発症予防のための原因究明が求められていたが、約3分の2の患者では原因不明だった。
日本では「殿様枕」と呼ばれる高く硬い枕が17~19世紀に使われていた。髪型を維持するのに有効だったとされ、庶民の間にも広く流通していた。1800年代の複数の随筆には「寿命三寸楽四寸(12cm程度の高い枕は髪型が崩れず楽だが9cm程度が早死にしなくて済む)」といった言説が流布していたという記載があることから、当時の人々が高い枕と脳卒中との隠れた関連性を認識していた可能性がある。
研究グループは今回、起床時発症で誘因のない特発性椎骨動脈解離の患者の中に極端に高い枕を使っている人が存在することに着目し、「高い枕の使用は特発性椎骨動脈解離の関連があるか」「どのくらいの割合の特発性椎骨動脈解離が高い枕に起因するのか」について検討した。
12cm以上を高値・15cm以上を極端な高値と定義し発症時の枕の高さを調査
研究では、同センターにおいて2018~2023年にかけて特発性椎骨動脈解離と診断された症例群と、同時期に入院した年齢と性別をマッチさせた脳動脈解離以外の対照群を設定し、発症時に使用していた枕の高さを調べた。
高い枕の基準は外部専門家の意見から、12cm以上を高値、15cm以上は極端な高値と定義。同時に、枕の硬さや先行研究から椎骨動脈解離に悪影響を及ぼす可能性が示されている首の屈曲の有無についても調査した。高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症との関連を調べるとともに、起床時発症で軽微なものも含め、先行受傷機転のない、臨床的に高い枕の使用が発症原因として疑わしい患者の割合も調査した。
特発性椎骨動脈解離患者は高い枕「多」、高くて硬い枕ほど発症割合「高」
症例群53人と対照群53人を調査した結果、高い枕の使用は症例群が対照群より多く、12cm以上の枕では34%対15%、オッズ比22.89倍、15cm以上の枕では17%対1.9%、オッズ比10.6倍で、高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症には関連が見られた。
また、枕が高ければ高いほど、特発性椎骨動脈解離の発症割合が高いことも示唆された。この関連は枕が硬いほど顕著で、柔らかい枕では緩和されたという。
さらに同研究では、高い枕と特発性椎骨動脈解離の関連について、首の屈曲が媒介する効果は全体の3割程度であり、寝返りなどの際の頸部の回旋が合わさって、発症に関連する可能性が示唆された。起床時発症で他に誘因のない、高い枕を使っていた特発性椎骨動脈解離の患者は、症例群全体の約1割を占めたとしている。
枕の変更は容易であるため、脳卒中の予防として有用な可能性
今回の研究成果により、高い枕の使用が特発性椎骨動脈解離の発症に関連があり、そのうち約1割が高い枕の使用に起因し得ることが示された。枕の使用は容易に修正可能であり、予防につながり得る点で意義がある。
また、椎骨動脈解離は欧米に比べて東アジアで極端に多いことが知られていたが、有力な遺伝因子や環境因子の候補はこれまで見つかっていなかった。これまで注目されてこなかった文化的素因が、一部この地理的偏在を説明し得る点も特筆すべきと言える。
「今回示した患者たちが特有の疾患像を有していることを考慮し、暫定的な疾患概念として殿様枕症候群を提唱した。何気ない睡眠習慣が脳卒中の重要危険因子になることが世に広く認識され、脳卒中になる患者が少しでも減ることを期待している」と、研究グループは述べている。
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・国立循環器病研究センター プレスリリース