Notchシグナルが関連し門脈に限局する胆管上皮細胞の分化、分子機構は未解明
筑波大学は12月25日、ヒト胎児の肝臓の公開データを解析し、肝臓の中で胆管ができる仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大医学医療系の高橋智教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「BMC Research Notes」に掲載されている。
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肝臓には、血中の脂溶性老廃物から胆汁を作る働きがある。胆汁は、胆管という管によって肝臓の中から小腸へと運ばれ、腸管内に捨てられる。肝臓の中で胆管がうまく形成されないと、胆汁がたまって、黄疸を引き起こすことがある。
ヒト胎児の肝臓では、門脈と呼ばれる静脈を取り囲むように、胆管を構成する細胞の一つで胆管の内側を覆う「胆管上皮細胞」ができ、その外側に胆汁を作る細胞(肝細胞)ができることで胆管が形成される。胆管上皮細胞も肝細胞も共通する前駆細胞(肝芽細胞)が分化してできる。この時、肝芽細胞の細胞膜上にあるNotchと呼ばれる受容体に、門脈細胞から出た分子(リガンド)が働きかけるリガンド-受容体系の「Notchシグナル伝達経路」が働くことで、胆管上皮細胞に分化することが知られていた。実際、Notchシグナル伝達経路を構成するリガンドのJAG1や受容体のNOTCH2の遺伝子異常により、黄疸が引き起こされることが知られている。
発生過程の胆管上皮細胞は、肝細胞とは異なり、門脈と呼ばれる静脈に沿って限局して存在するという解剖学的特徴がある。Notchシグナル伝達経路について長年研究対象となってきたショウジョウバエの神経発生では、同伝達経路が、種類の異なる細胞が交互に並ぶ配置であるごま塩状パターン形成に関わることが知られている。門脈にそって胆管上皮細胞が限局するという解剖学的特徴は、Notchシグナル伝達経路の関与する臓器発生では異例である。
ヒト胎児肝臓の公開データから各細胞のリガンドと受容体を発現する潜在能力を調査
研究グループはこれまでに、Notchシグナル伝達経路の数理解析を行い、Notchシグナルが広く伝播する条件として、リガンドと受容体の産生速度が速いこと、またNotchシグナルが限局する条件としてリガンドまたは受容体の産生速度が遅いことを提唱した。しかし、その分子機構は不明だった。そこで今回、ヒト胎児肝臓の公開データ(single-cell ATAC-sequencing)を解析し、リガンドと受容体を発現する潜在能力を個々の細胞ごとに調査した。
NotchリガンドJAG1発現は門脈細胞・受容体発現は肝芽細胞のみで可能と判明
今回の研究で解析したヒト胎児肝臓の公開データに含まれていた主要な細胞は、門脈細胞、肝細胞と胆管上皮細胞の共通前駆細胞である肝芽細胞、主に赤血球となる造血細胞の3種類があった。実際、マウス12.5日胚の肝臓でも、多くの造血細胞を背景に、門脈細胞と肝芽細胞が存在していた。
研究グループは、これらの細胞の特性(リガンドまたは受容体を発現する潜在能力)がNotchシグナルの組織内空間伝播に与える影響を検討した。例えば、主要なリガンドであるJAG1の発現制御領域のDNAは、門脈細胞では開いていたが、肝芽細胞や造血細胞では閉じていた。このことは、JAG1を発現してNotchシグナルの送り手となる能力を持つ細胞は門脈の細胞に限られることを意味する。同様に、主要な受容体であるNOTCH1やNOTCH2の発現制御領域のDNAは、肝芽細胞では開いていたが、門脈細胞や造血細胞では閉じていた。すなわち、Notchシグナルの受け手となる能力を持つ細胞は肝芽細胞に限られるということである。またこれらより、造血細胞はどちらの能力も持っていないことが明らかになった。
門脈細胞が胆管上皮細胞を誘導する数理解析を裏付ける結果
以上より、Notchシグナルの送り手となり得ない造血細胞(や肝芽細胞)がNotchシグナルの組織内空間伝播の解剖学的障壁となることで、胆管上皮細胞は唯一のNotchシグナルの送り手である門脈に沿って、肝細胞は門脈から離れて位置するという組織構築が実現することがわかった。
これにより、今回の研究は、Notchシグナル伝達経路の関与する臓器発生では異例である、門脈の細胞が胆管上皮細胞を誘導するという数理予測結果を分子生物学的に裏付けた。
マウスで実際の肝臓内Notchシグナル分布様式を調べる予定
「正しい組織構築を持つ人工臓器の開発は、移植医療の発展のためには必須である。肝臓で胆管がつくられる分子機構を解明したことは、人工臓器の開発に貢献すると期待される。今後、Notchシグナルの肝臓内での分布様式を遺伝子組換えマウスを用いて実証することを計画している」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL