海水からカキに蓄積されるノロウイルス、どこから海に来ているのかは不明だった
琉球大学は12月25日、三陸沿岸の牡蠣(カキ)出荷のシーズンに合わせて、環境DNA解析による網羅的な動物相の分析を行い、食用カキでのノロウイルスの検出は、カモ類、ハクチョウ類の飛来と同調して起きていることを発見したと発表した。この研究は、同大の佐藤行人准教授、仙台大学の櫻井雅浩教授、宮城県立がんセンターの安田純研究部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Freshwater Ecology」に掲載されている。
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しばしば生食される食用のカキは、日本人のみならず外国人観光客からの人気も高く、日本において、重要な食料資源かつ観光資源の一つであると言える。しかし、カキの生食による食中毒は毎年のように発生している。カキによる食中毒は、多くの場合、食中毒の原因となったカキ個体の体内に蓄積していたノロウイルスに起因する。
カキは、生態学的には海水中の懸濁物を濾し取って摂食する「ろ過食者」であり、カキに蓄積されるノロウイルスは、海水から取り込まれることがわかっている。では、海水に含まれるノロウイルスは、どこから来ているのか。このノロウイルスの由来については、実はいまだはっきりと解明されていないのが現状である。
ノロウイルスの食中毒患者から排出されたウイルス粒子が、トイレと下水を通じて沿岸海域に流れ込み、カキに蓄積するという考え方がある。しかし日本を含む先進国では、2000年代前後から下水汚泥の焼却処理が広く普及した。そのため、下水に排出されるノロウイルスが、活性を持った状態で海水へ放出されるということは、少なくとも先進国の多くの地域では、通常は起きにくいと想定される。つまり、食用カキへのノロウイルスの蓄積は、従来考えられてきた下水由来モデルだけでは説明できない可能性がある。
松島湾海水の環境DNAから、ノロウイルスの検出と同調する沿岸海域の動物種を分析
そこで研究グループは、カキの蓄積するノロウイルスが、沿岸海域を生活の場とする動物によってもたらされるという「ノロウイルス動物由来モデル」を提案し、動物がノロウイルスの運び屋(ベクター)であるという考え方の是非を検討するために、カキの代表的産地である宮城県・松島湾において食用カキのシーズンに海水を採取し、環境DNA分析を行った。海水を環境DNA分析の技術で解析することによって、海水に含まれる動物由来のDNAを網羅的に調べ、ノロウイルスの検出と同調して出現する動物種について統計的に分析した。
ノロウイルス検出と同調する動物として6種の鳥類とイエネコを同定
分析の結果、食用カキからノロウイルスが検出されるタイミングと同調して出現する動物類として、カモ類、ハクチョウ類、カラスなど6種の鳥類(オナガガモ、ヨシガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、ハシボソガラス、ハクチョウ)と、1種の哺乳類(イエネコ)が同定された(有意水準p<0.01、Benjamini–Hochberg法による多重比較検定の補正後の偽発見率q<0.01)。この解析では、食用カキからのノロウイルスの検出日・場所として、県内漁協の自主検査(RT-PCRに基づく自主検査)の結果を用いている。それらの検査とほぼ同じタイミングで松島湾沿岸の海水を採取し、環境DNA解析を行った。検出された計18種の鳥類、11種の哺乳類の出現パターンを解析したところ、ノロウイルスの検出タイミングとの間に有意な相互相関を示す動物として、上記の7種が見つかった。この分析によると、カモ類、ハクチョウ類の飛来からおよそ4~5週間後、および、カラス、イエネコの出現からおよそ1週間後に、カキからノロウイルスが検出される傾向があることが示唆された。
雨量の影響を補正しても7種の動物との同調を示す結果は変化なし
上記のノロウイルス検出と動物の間の相互相関関係について、幾つかの異なる視点を導入してさらに検討した。まず、カキからのノロウイルスの検出は、天候や雨などの環境因子によっても影響を受ける可能性がある。実際に、気象庁データベースから取得した雨量(mm)とカキからのノロウイルス検出との間には、有意な相互相関が見出された(有意水準p<0.01)。そこで、雨量の影響を補正した相互相関(偏相互相関)を調べたが、上記の7種の動物がノロウイルスの検出と同調しているという結果には変化がなかった(有意水準p<0.01、多重比較検定の補正後の偽発見率q<0.01)。さらに、得られる結果を別の統計的尺度でも確認するために、各動物の環境DNA解析の結果である配列数を、絶対数(半定量的指標)ではなく比率(100万分率による相対的指標)に変換して相互相関を調べた。この場合には、ノロウイルスの検出と有意に同調しているとされる動物種が、5種(ヨシガモ、ホシハジロ、ハシボソガラス、ハクチョウ、イエネコ)に減少したものの、結論としてはほぼ同じ見解が得られることがわかった。
渡り鳥の糞尿を介してカキの一部に蓄積される「ノロウイルス動物由来モデル」を支持
上記の結果をまとめると、カモ類、ハクチョウ類という渡り鳥が三陸沿岸に飛来してから約1か月後に、三陸沿岸で水揚げされる食用カキの一部からノロウイルスが検出されるという現象が指摘される。季節性の渡り鳥がノロウイルスの自然宿主であり、それらが排出した糞尿を介してノロウイルスが沿岸海水に混入し、食用カキの一部に蓄積されるという「ノロウイルス動物由来モデル」が支持された。このモデルをより直接的に証明するためには、今回ノロウイルスとの関与が疑われた鳥類の腸管や糞便から、直接ノロウイルスを検出することが次の課題となる。今回の研究で、環境DNA分析による動物相の解析という網羅的な手法を活用したことから、ノロウイルスの自然宿主の有力な候補として鳥類の種を推定し絞り込むことができたと考えられる。
カラスとイエネコについても、自然宿主の候補として今後の調査が必要
カラスとイエネコについては、カキからノロウイルスが検出される約1週間前にその環境DNAが海域に出現することが示されたものの、その生態疫学的な解釈は不明である。フィンランドで行われた別の研究では、今回と同じハシボソガラスの糞便に、ノロウイルスが含まれることが示されている。このことから、カラスとイエネコも、ノロウイルスの自然宿主の候補として、今後の重要な調査対象になり得ることが示唆される。
ノロウイルス由来についての理解、治療応用につながる可能性も
今回の研究で提起する「ノロウイルスの動物由来モデル」は、従来から考えられてきたノロウイルスの下水由来モデルと、互いに相反するものではない。下水由来モデルでは、ノロウイルスが人間の生活排水から下水、沿岸域へと移動し、カキへと蓄積する感染環を想定している。今回の動物由来モデルは、下水由来モデルが想定する感染環よりもさらに上流に相当する、人間が感染する前のノロウイルスの由来について説明を与え得るものである。このことからノロウイルスの動物由来モデルは、従来の下水由来モデルを補完して、ノロウイルスの感染環についての理解を深める可能性があると考えられる。
また、この研究を発展させることによって、ノロウイルスの自然宿主である動物種を特定することができれば、その動物の細胞を使用したノロウイルスの増殖が可能になると期待される。「ノロウイルスの増殖についての研究は、ワクチンや小分子薬剤の開発などといった治療応用への道を切り拓く可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・琉球大学 研究成果