若齢と高齢、肺血管内皮細胞におけるSARS-CoV-2感染後の細胞応答の違いは?
北海道大学は12月19日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染後の肺血管内皮細胞では、若齢個体よりも加齢個体で特に強い炎症反応と血栓形成亢進が認められ、重症化病態形成の要因になることを解明したと発表した。この研究は、同大大学院歯学研究院の樋田京子教授、間石奈湖助教、同大院歯学院博士課程(研究当時)の積田卓也氏、武田遼氏、同大ワクチン研究開発拠点の澤洋文教授、同大人獣共通感染症国際共同研究所の佐々木道仁講師、大場靖子教授、藤田医科大学医学部の樋田泰浩教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Aging Cell」にオンライン公開されている。
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SARS-CoV-2の感染により引き起こされる病態には個人差があるが、特に高齢者で重篤化しやすいことが知られており、「加齢」が最大の重症化リスク因子と考えられている。また、血栓症が死因の一つであり、これは他の呼吸器感染症に比べて特徴的だ。ウイルス感染の入り口に当たる肺の構造に着目すると、肺は肺胞壁と呼ばれる非常に薄い構造を境に生体の内側と外側が区別されている。肺血管内皮細胞は肺胞上皮細胞を裏打ちし、生体内外の物理的バリアである肺胞壁を構成している。そのため、肺局所でのウイルス感染に起因する致死的病態機序において肺血管内皮細胞は非常に重要な役割を担うと考えられ、サイトカインストームと呼ばれる全身性の強烈な炎症反応や、血栓形成の異常亢進といった重篤な病態形成への強い関与が想定されていた。
しかし、これまでの研究ではヒト重症化病態を再現するマウスモデルが確立されていなかったことに加え、培養血管内皮細胞はウイルスに低感受性であることや、感染動物からの肺血管内皮細胞の調整には設備的・技術的なハードルがあることから、若齢と高齢宿主の肺血管内皮細胞におけるSARS-CoV-2感染後の細胞応答がどのように異なるのか不明のままだった。
加齢マウス肺で広範囲の炎症病変と血管内皮細胞へのウイルス取り込みを確認
研究グループは先行研究で、マウスへの感染性を獲得したSARS-CoV-2変異株を樹立しており、高齢マウスで重症化することを報告している。そこで今回の研究では、同ウイルスを若齢マウスと加齢マウスに感染させ、肺組織を病理組織学的に解析した。また、採取した肺からフローサイトメトリー法により、単離した血管内皮細胞を用いたRNA-seqを行い、バイオインフォマティクス解析により若齢・加齢群の肺血管内皮細胞における遺伝子発現を比較し、重症化病態における血管内皮細胞の分子病理学的変化について検討した。
SARS-CoV-2感染で特に症状を呈さない「若齢マウス」と致死的な症状を呈する「加齢マウス」の肺組織像の比較解析した結果、加齢マウス肺では好中球浸潤亢進を伴う広範囲な炎症病変が観察され、CD41陽性の血小板を主成分とする血栓を内腔に含む血管が多く見られた。また、肺から血管内皮細胞のみを単離し、血管内皮細胞に含まれるSARS-CoV-2ウイルス遺伝子を定量したところ、加齢マウスの血管内皮細胞でより多くのウイルス遺伝子が検出され、血管内皮細胞にSARS-CoV-2が取り込まれていることが確認された。
加齢肺血管内皮細胞は若齢と比べウイルス取り込みがより多く、血栓形成能亢進
続いて、単離した血管内皮細胞の遺伝子発現情報をRNA-seqにより取得し、パスウェイ解析やGene Set Enrichment Analysisを実施したところ、炎症反応や血栓形成関連反応の亢進を示唆する遺伝子発現変動が認められ、病理組織像を支持する遺伝子発現変化が血管内皮細胞にも生じていることが確認された。具体的には、加齢マウス肺血管内皮細胞では若齢マウスのものと比べて、好中球の遊走に関わるケモカインであるCXCL2などの発現亢進が認められ、白血球の血管内皮細胞への接着に関与するVCAM-1などの接着因子の発現も有意に亢進していた。
また、血液凝固・血栓形成に関連する遺伝子発現としては、F3やPLAT、PAI1やSELP(P-selectin)が加齢マウス肺血管内皮細胞で高発現していた。P-selectinは活性化した血小板や血管内皮細胞で発現が亢進する分子として知られており、血栓形成性疾患や早期炎症性病態を検出できるとされる分子だ。実際に、血中の可溶型P-selectin濃度をELISA法で測定すると、感染加齢マウスで有意に高値を示していることが確認された。
以上より、新型コロナウイルス感染症重症化病態形成の分子的背景として、肺血管内皮細胞におけるウイルス取り込みと細胞応答には、若齢個体と加齢個体で相違が存在することが示された。
血管内皮細胞を標的としたCOVID-19の重症化予防・治療法開発に期待
重症化マウスではSARS-CoV-2感染後に肺血管内皮細胞において、より強い炎症反応と血液凝固促進応答が生じていたことから、血管内皮細胞を標的とした重症化予防法や治療法開発が期待される。また、重症化病態では可溶型P-selectinに代表されるような血管内皮細胞由来の液性因子が血中でも検出できることから、同研究に基づく重症化予測マーカーの開発も期待される。一方で、同研究は死亡直前のマウス肺を用いて行われたものであり、重症化病態の原因となる因子については明らかにされていない。
「この課題にアプローチするため、今後の研究では重症化する前の段階での解析を実施し、血管内皮細胞と免疫細胞や肺胞上皮細胞など、他の細胞との相互作用が経時的にどのように変化するかなど、詳細な解析が求められる。加えて、ヒト検体を用いたトランスレーショナル研究の推進により、本研究結果のヒト病態への外挿性が検証されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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